エマナ様のこと
私が彼女に出会ったのは幼いころで、ただの偶然だった。
その日は朝から父も母も忙しく働いていて、退屈していた私は外に出て探検することを思いついた。初めは家のそばの畑で働く人々を眺めたり、流れる小川に沿って葉を流したりしていたのだがいつの間にか村の外にいた。確か以前祖父に連れられて行ったことがあったのでそちらへと向かったのだと思う。南に広がる森の中に入った私は木々の中を歩きながら野花や小さな果実を拾い集めて遊んでいた。帰り道がわからないことに気がついたのはもう日が沈みかけ、周囲が暗くなったころだった。来たはずだと思っていた方向へといくら歩いても森から出られず、むしろ一層深くなるようだった。肌寒い空気に震え、涙をこらえながら私は暗い森をさまよいつづけた。
そうしてすっかり夜になり、もう一歩も歩けなくなった私の目の前、視界が突然開けたのだ。円形にぽっかりと、まるで木々が避けたように空いていて、その中央。白い石碑を月明かりが照らしていた。私はふらふらと、その石碑に近づくと寄りかかるようにして意識を失った。
暖かい心地よさを感じたのを覚えている。私が目を開けると、円く切り取られた夜空にはたくさんの星がまたたいていた。
それから肌に感じる暖かさの正体に気がついた。石碑が穏やかな熱を周囲に放っていたのだった。ちょうど触れていた頬と肩から伝わって、全身が温まっていた。そのときになってようやく私の目から涙が流れはじめた。安堵、不安、生……。
感情は混ざりあい、溢れる涙だった。星の光は綺麗で悲しかった。
孤独な光。呼応するように石碑は熱を発していた。温度は波のように脈打ち、夜の闇の中、ぼんやりと石碑の姿を浮かび上がらせていた。
生きている、と感じたのにはっきりとした理由はない。私は夜の森の中、口を開いて声に出していた。
「お星さまを呼んでいるの?」
どくん、と熱が波打って私の体を洗った。同時に私の頭の中に言葉が浮かんだのだった。
えまなさまのかえりをまっているのです。
「エマナ様?」
いってしまわれました。
「何処へ?」
えまなさま。
「誰?」
私は、はっとしました。この石碑が、意思をもっているのだと気がついたのです。それは生きものということで、私はそれまでずっと父と母、村の人。意思をもっているのは人だけだと思っていたのでした。食べるために育てている動物や、魚。木や花。これらには意思はなくて、だけど生きていて……。私の頭の中ではぐるぐると色々なものがぶつかって、ああだこうだとけんかしていました。
つまりこういうことです。
「あなたは生きているの?」
はい。えまなさまにうみだされたゆえ。
彼女は私の問いに答え、私は。
「すごい! お友達になりましょう!」
?
「あなたの名前は何て言うの?」
名前はありません。
「?」
ご自由に。
「ジュジュ!」
はい。
それは私の死んだ妹の名でした。
石碑はその日から私の妹になったのでした。
「死んでほしいのよね」
確かに。
私はジュジュの力を使いまくっていた。
村の人間は無知で、他人を不幸へと貶める。
それは死に値する。
村からこっそりと抜けだして、私はジュジュに依頼する。
「あの人を消して」
はい。
夜。ふわりと光り、次の朝には彼は死んでいる。
彼女が言うことを聞いてくれるのは私の友達だから。
邪魔者を消し去って日々を過ごす私は気がつけば村の責任者となっていた。
「お願いでございます。この村をお守りください」
「ではそのように」
私の言葉とはうらはらに。村は荒廃していった。
どうして?
「だってそうでしょ」
エマナ様の言うとおり。
「この世界は終わってしまったのだから」