real words
私には三つ歳の離れた妹がいた。
まったくの凡人である私とは何一つ重ならない存在だった。
ジュジュという名前。細くて小さなシルエット。思い出せるほどの記憶はほとんどない。
ただ、製造者が同じという紐付けにすぎない関係。
だけど私は彼女を特別に思っている。
そう、ずっと。 もういなくなってからずいぶん経つのに、今もこうして思いだしている。
幼いジュジュは私の前に座っていて、それはお人形のように可愛かった。私は新しい玩具を与えられたかのように楽しい気持ちでジュジュと一緒にいた。
そのころちょうど覚えたてのことばを私は彼女に披露していた。
「アン・ジュ・アーラ・エル」
ことばを発するとどこからともなく暖かい風がそよいで、ジュジュの頭のうえのリボンがふわりと揺れた。
私は得意顔だった。だけどジュジュは無表情で、がっかりしたのを覚えている。浅はかなことだった。
そのことばは本から得た知識だったので。
私には、誰もが同じであるように、そうしてことばを得る他になかったのだ。
翌日のことだった。
私は文字通り飛び起きた。
天地がひっくり返ったような衝撃があったのだ。
床を転がって頭をしたたかに壁にぶつけた私は涙目で。
天井を見上げたはずなのに。
青空が見えた。居住スペースに空は見えない。
ざざざ! っと大勢の大人たちが駆けてきて、私は泣いた。
けどその人たちは私のことはまるで存在しないかのような様子だった。
そう、そばに立っていたジュジュのことを私が認識したのはようやくその頃で。
ジュジュは笑っていた。
毎日一緒にいた私にしかわからないだろう、ささやかな表情の変化。
瞳が丸く、口角がほんの少し上がっていて。
空を見上げていた。
そしてそれが、私がジュジュを見た最後だった。
私はまた一人になった。
妹だと思っていた存在は、中心地、動力部に位置するものだったので。 ジュジュは必要な存在。
私などは辺縁部に位置する交換可能な歯車、取るに足らぬ部品だった。
起きる。
栄養摂取。
データベースにアクセス、情報共有(一般レベル)
外的存在の感知、排除行動。被害率、平均30%。
修復作業に残時間の全てを費やし......。
一日の終了。
×5974日。
瞬く間に時は過ぎる。
私はもう生きていることに対し何の感慨も抱かぬようになっていた。
だったら何故この手記を書きしたためているのかというお話です。
青空の綺麗な日でした。
ルーチンをこなす私。
サーチ・アンド・デストロイ。
います。害をなすものはそれはもう際限なく。
私は無心で働くのですが......。
その日の敵性攻撃的生物は私の性能を上回っていました。
「アン・ジュ・グライ......」
私ののろのろとしたことばののたくりは衝撃によって断ち切られ。
右腕、下半身、切り離されて私の頭部は地面に転がりました。
むしろ今までよく生き残ったものです。
全身のパーツをバラバラにされながら私は不思議なほど、穏やかな感情で。
「ありがとうございました」
意識をシャットアウトしようとしたところで、そう。聞こえたのです。
「ジュ・ジュ・リ・アル」
私は、生きていました。
頭は地面の上。
視界は固定された天。
空には無数の白い光点がまたたいて。 静かな時間が流れていました。
ことばを残して。
彼女はもう、影も形もなかったのです。