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イワシの梅煮

 ぼくの好物の献立のほとんどは、幼いころに祖母がつくってくれた得意料理だと思う。
 大阪へ出てきて、高級な店には足を運べないとはいえ、下町の地元の人たちが通う居酒屋や、繁華街からひと筋ふた筋はずれた隠れ家のようなたたずまいの扉を開くうちに、ぼく自身の引き出しも整理しきれないほどになってしまった。
 さらに、二十年以上、数えきれないほど多くの家事ヘルパーさんがわが家に出入りして、一人ひとりのふるさとの味や、アイデアメニューを教えてもらえるものだから、いつ、どこで脳ミソに刻まれたのか、本当にわからなくなってきた。

 幼いころの記憶をたどっても、渡り歩いた施設の食卓を思い出しても、イワシの梅煮を食べたことはなかった。
 年によっては不漁のニュースが流れることがあっても、イワシは懐具合にやさしい食材のひとつだ。タイトルにあがった梅煮にかぎらず、つみれ汁もわが家の代表メニューの数品にランクインする。

 鮮度のいいイワシが手に入っても、泊まりのヘルパーさんは男性ばかりで調理は不慣れな人が多い。塩焼きなどは簡単そうで、火の加減にしてもやり直しがきかない。
 ということで、温めるだけでよかったり、ある程度のつくり置きができたりするものが中心になる。

 大阪では、梅煮はわりと一般的なメニューのようで、どの家事ヘルパーさんにお願いしても、戸惑うこともなしに用意に取りかかってもらえる。頻繁に食卓へ出る献立だけに、こだわるよりもそれぞれの方におまかせして、その個性を楽しみたくなる。

 とはいえ、好みがないわけではない。
 味つけはすこしみりんを多めに、やや甘く仕上げられているとうれしい。
ショウガは、薄く輪切りにしていっしょに食べたい。

 梅干しは丸まま煮込むのがいい。
 これにはかなり大切な理由がある。
 ご飯があと三口ぐらいになったところで、イワシの旨味をいっぱい吸った梅干しをお茶碗に入れて、軽くほぐす。こうして、仕上げる。

 それでは、梅干しを煮込む前につぶさないようにお願いしなければならないと、思う人がかなりいるだろう。
 それは、その通りだろう。
 でも、気を遣っているわけでもなく、頼むことが面倒くさいわけでもない。
 なんだろう。基本的にイワシの梅煮が好物で、おまかせすることで、もっとおいしいめぐり合いがあるかもしれないと、期待しているのだろうか。

 今度、なじみの魚屋へ行くときに、イワシの旬を確かめておきたい。
 簡単にネットで調べるには、ちょっともったいない気がする。

 イワシの梅煮は、イワシが主役なのか、梅干しが主役なのか、なんて語ろうと思ったけれど、答えははっきりしている。両者ゆずらずだ。
 イワシの身が、口の中でほろほろとくずれていく感触、最後に種までしゃぶっていたい気持ち、もちろん、お互いが旨味の相乗効果を繰りひろげている。
 調和の一品に違いない。

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