ぼくと佐藤くん
今シーズンの阪神タイガースは、三十年以上もプロ野球から遠ざかっていたぼくの耳をラジコへ釘づけにしてしまった。
わが家のテレビは室内干しの洗濯物たちの陰に眠っていて、ラグビーと競馬のG1レースにしか登場することがない。
とにかく、引っ越した部屋がせまくて、ベッドに横たわるぼくが観やすい高さの台もなければ、台に代わるものを引っ張り出すことも手間がかかる。
それに、観ようとすると体をねじらなければならないので、背中や腰に負担をかける。
さらに、テレビは眼を離すことができない。
ということで、ラジコに釘づけというわけだ。
半分グチのような前置きが長くなってしまった。
長く遠ざかっていたプロ野球にぼくを引きつけたのはタイガースだけれど、今シーズンの強さはその理由の一割にも満たない。
それでは、魅力の中身はといえば、そのはじまりは二〇一九年の秋のドラフトあたりにさかのぼる。
あのとき、一位指名で奥川くんは獲得できなかったものの、上位五名は高校野球で甲子園をわかせた若者ばかりだった。
名もない選手や苦労人を発掘して育て上げるのも夢はあるけれど、甲子園をホームグラウンドにするタイガースが高校野球で活躍した若者にこだわった指名の戦略を立てたことには、ファンの気持ちを大切にしているし、これもまたロマンがあるなぁと参ってしまった。
人間臭く言い換えれば、高校野球ファンを招く作戦と呼べるかもしれない。
ぼくを引きつける大きな理由は、野球マンガかと思わせるような作戦にもある。
ある意味ではセオリーを無視して、何度アウトになっても盗塁にチャレンジする。
同じ選手がランナーを進めるために自己犠牲のバッティングをしていたかと思うと、状況によってバットをブンブン振りまわす。
勝負にこだわっていないようで、積極的な気持ちやチームワークの意識が伝わってくる。
なにせ、ラジコだから観えないけれど、ビビった結果のエラーはずいぶん減ったのではないだろうか。
ところで、佐藤くんに惹かれるのはなぜだろうか。
ぼくには、いまの社会状況が深く関わっている気がしてならない。
ぼくの幼いころ、大相撲には大鵬がいた。
プロ野球には王がいて、長嶋がいた。
映画界には吉永小百合がいたし、石原裕次郎がいた。
こうして書きはじめると、どのジャンルにもスター的な存在がどっしりと構えていた。
ぼくの勘違いかもしれないけれど、おニャン子クラブが登場しはじめたころから、飛びぬけたスターが現れなくなったのではないだろうか。
一人ひとりの興味の先が枝分かれして、プロ野球でいえばイチローや大谷に代表される存在はあっても、大リーグという別のステージでの活躍ということも影響して、ぼくの子どものころの王や長嶋を越えるスターではないような気がする。
大阪で暮らしているからかもしれない。
それでも、佐藤くんの出現は久々のスターの予感がする。
タイガースほど、年季の入った熱烈なファンの多いチームはないのではないだろうか。
ちょっと負けがつづくと、一人ひとりが監督になって文句を言う。だから、選手は萎縮するし、試合運びも安全策を取ってしまいがちだったのではないだろうか。
そんな熱烈なファンの前に、佐藤くんが出現し、期待以上の活躍をつづけている。
若い選手たちのそばには、学校の先生のような監督がいて、ときには失敗をかばい、ときには𠮟咤激励する。
佐藤くんは動じない。どれだけ三振しても、自分のスタイルを貫き通す。
豪快にバットを振りまわす選手の少ないセ・リーグの野球を見慣れているファンには、とても新鮮だったのではないだろうか。
佐藤くんの人間性やタイガースに入団したことや、矢野監督とフロントの方針以外にも、このフィーバーには社会的な側面があるのではないだろうか。
コロナ以前から、世の中は人が人を監視する空気が強まってきた。
法律やさまざまな制度が整備されるにつれ、一人ひとりの将来を描くことよりも、問題が起きないように、ひとつの基準に合わせることに社会は力を注いできた。
ネットで簡単に情報が手に入れられる代わりに、世の中のモノサシからはみ出した行動をすれば、すぐに袋叩きにされてしまう。
それなりの地位にいなければ、怯えながら暮らすしかなくなってしまう。
さらに、コロナが人の距離を拡げてしまった。
そんな世の中を背景にして、自由奔放にプレーする佐藤くんが登場したのではないか。
誰もが、自分自身と重ねあわせる。思うようにならない仕事や生活のなかで、どこかマイペースな佐藤くんは「憧れ」の存在になっていく。
ぼくの見かたは、偏屈過ぎるだろうか。
このまま、ずっとバットを振りまわしつづけてほしい。気持ちも、身体も元気でいてほしい。
還暦を過ぎたぼくはこの世代の特徴どおり、ついついダジャレに走りやすい。
この間、通っている作業所である提案をしてみた。
「阪神タイガースの優勝を見越して、粉砂糖をふったクッキーをつくって、『さとうクンクッキー』ってネーミングして売り出したらどうやろ」と。
もちろん、結果はドン引きだった。
六時が過ぎた。
今夜はこの辺にして、ナイターを聴くことにしよう。
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