清水さん
noteの投稿作の整理と五百文字足らずの短編を一本書き終えて、遅めの昼ごはんを食べていた。
ぼくは気乗りしないまま、唄からラジオに切り替えた。
ラジオは動きを耳で追ってしまう。
唄は遠近感をもって、気持ちに寄り添ってくれる。
今日の巨人の予告先発は菅野だった。そう、彼は大事な試合ほど実力を発揮する。気乗りしない原因はここにあった。
どうせ、後半まで接戦に持ち込んでも、エラーがらみでタイガースが負けるに決まっている。ぼくはそう思っていた。
でも、聴かない日にかぎって、なぜか勝つことが多かった。勝率を調べたいぐらいに。
すぐにスコアを伝えてくれた。
六回表で0-0だった。
やっぱり、予想通りだった。
食事に取りかかっていたので、そのまま野球中継を聴くことにした。
阪神ー巨人戦ではなく、野球中継程度に聞き流そうと思っていた。
大事な場面でエラーをしたり、チャンスになるほど凡打をくり返すタイガースは、まるでぼくを見ているようでストレスがたまるばかりだった。
とはいっても、意識の大半はラジオに向けられていた。
イニングのはじまりだったか、アナウンサーが解説者の名前を呼んだ。
「清水さん~」、その言葉にスプーンをぼくの口へ運ぼうとしていたN君が手を止めた。
「清水って、巨人の清水ですよね。ぼく、子どものとき福井に遠征に来て、サインしてもらって、ダッコもしてもらいましたよ」
彼の話を聞いて、ぼくは同時に二つのことを思った。
ひとつは、「ゲームが終わるまで音楽に戻しにくくなったな」と。
それと、有名人は体調が悪くても、気持ちが滅入っていても、お客さんにしんどい表情を見せられない。
「ぼくには務まらないな」、そんなことが頭をよぎった。
もう一つは、子どものころの施設を訪れたアグネス・チャンのこと、高見山や鷲羽山や若三杉(後の二代目横綱若乃花)のこと。
アグネス・チャンは、白いフリフリのスカートとブラウスを着ていた。
テレビと変わらなかった。
相撲は大好きだったので、とてもうれしかった。
鷲羽山のファンだった。目の前でサインを書いてもらった。
すこし時間差で、ウイーン児童合唱団が来たことを思い出した。
施設の先生(スタッフをそう呼んでいた)に「世界的な人たちだから」と聴きに行くように説得されたけれど、「高校野球が観たい」とテレビの前から動かなかった。
「清水さん~」に手を止めてくれたNくんの偶然のおかげで、タイガースの勝ちを確かめられることができた。
それでも、身売り前の最下位争いを続けていた南海ホークスのファンだったぼくの理想は、日本シリーズが関西決戦になって、バファローズが日本一をつかんでほしい。
今夜こそ、オチもなにもない。
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