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介護技術の向上をめざしてストイックな方向へ走りはじめたYくんは、わが家でも彼の代名詞だったダジャレがすっかり鳴りをひそめてしまった。
ある土曜日の午後だった。
ぼくは、アットホームすぎるヘルパー事業所の事務所で、昼ごはんとヒマつぶしにだれかれなく、ダバナシのえじきにしていた。
その時間帯のヘルパーはYくんだった。
あまりダバナシに興じすぎたので、下の階にある百円ショップへ飲み物を買いに行くことになった。要するに、ノドが渇いてしまったのだった。
昼ごはんのときに口のまわりを拭くタオルを忘れていたので、若い女性スタッフの「いいニオイ」のするハンカチをお借りしていて、お返しする代わりにサラをお渡しすることを思いついていた。ここは汚れてしまったハンカチよりも、新品をお返しするのが当然のエチケットだろう。
(「いいニオイ」に執着しているのではなかった( ´∀` ))
百円ショップはどの通路も電動車いすでは狭いうえに、すこしでも触れたら崩れそうなカップラーメンや小物があちこちに山積みされていた。
ひとり来店するときはスルスルとすり抜けるところだけれど、せっかくYくんがついてくれていたので、行く先の商品をよけてもらおうと算段していた。
もちろん、彼にはお気に入りのほうじ茶ラテとフェイスタオルを買うとつたえていた。
理詰めに動こうとすると窮屈になるぼくは、Yくんに事前に考えていた算段を説明してはいなかった。
意外と店内は広くて、商品のレイアウトがつかめなかった。
彼は車いすの進路を確保するよりも、フェイスタオルのコーナーを見渡してくれていたようだった。ぼくの後ろを歩きながら。
ほうじ茶ラテは、レジの近くの飲み物コーナーに定番商品として置かれているとわかっていたから。別に相談しなくても、レジ近くのものは支払いのついでに買えばよかった。
とりあえず、Yくんの店内を見まわす視線を背中に感じながら、適当にそれらしきエリアにむかって進んでいった。
広い通路を選んで直進しはじめたとき、後ろでYくんが叫んだ。
「シュゲイ!!!」
前方に目をこらすと、商品棚の目立つところにかわいらしいポップがさげてあり、「手芸コーナー」とカラフルな丸文字で書かれてあった。
そして、ポップのまわりには、何種類かのフェイスタオルがかけられていた。
これ以上ない、絶妙なタイミングだった。
普段、ぼそぼそと話すYくんの叫びに笑いが止まらなくなった。
目を合わせることもできないぐらいだった。
十発のうち、八発はスベッテいただけにアレは場外ホームランだった。
事業所一小柄で力のないYくんにとって、介護技術のスキルアップは長く仕事をつづけるためのもっとも重要なポイントに違いないだろう。
けれど、ストイックさに偏りすぎると、まわりのひとたちの想いに気づきにくくなるときがある。
スキルアップすることで、さらにゆとりが生まれて、彼の真骨頂のやさしさにつながる「あした」を見とどけていきたい。
いろいろな想いと期待をこめて、ストイックさに方向転換しようとしている不器用なYくんの背中を見送ることにしよう。
また「スベルダジャレ」を打ちまくる彼にシフトチェンジするまで、ボケが進まないでいられるだろうか。
いま、「ごちそうさま」が頭をよぎっている。
その真意はわからない。