ほっこりする話
週一回のリハビリの先生の来る日だった。
二~三日前に左ふくらはぎの内側をダニに刺され、患部の深いところからこみ上げる痒みに悩まされていた。
ふつうの蚊であれば、もっとも古典的なツメで×印をつける方法で、驚異的な効き目が現れる。幼いころ、祖母が指先を舐めてから「これが一番よう効くんやでぇ」と言いながら、痒みをやわらげてくれた。
だから、ぼくにとっては一種の民間療法というよりも「民間信仰」なのかもしれない。
ところが、ダニに刺されると「信仰」の力ではどうにもならない。
いろいろな痒みどめを塗ってみても治まらなくて、「日にち薬」の効果を待つしかなくなってしまう。
ぼくの腰痛は、長期間にわたった寝たきり暮らしによる筋力低下と、硬直からくる体幹のねじれが主な原因のようだ。
リハビリの先生は、ストレッチとほぐしのあわせ技で痛みを攻略しようとしている。
たいがいのストレッチは、先生が寝ているぼくの「股間」に割って入り、足を屈伸したり、ブランコのように揺らしたりする。
いくらエアコンをきかしていても、ガタイのゴツイぼくのリハビリはお互いに結構なエネルギーを使うし、汗まみれになる。
さて、この間はもだえてしまった。
先生が股間に割って入ると、その脇腹あたりが例のダニで硬く腫れたところにこすれる。
触れなければガマンできても、頃あいに刺激されると、途端に痒みが爆発したのだった。
一年近く通いつづけてもらっている先生からすれば、なにかの異常を察知できないはずはない。
「今日はエライ硬直が強いですねぇ」とつぶやくでもなく、訊ねるでもない先生。
事情が事情だけに「つくり笑顔」でごまかすぼく。
いつもストレッチ中には、その瞬間その瞬間の体感と世間話をシャッフルしながら、真剣に、なごやかに過ごすけれど、この間はさらに饒舌になってしまった。
刺されてから一週間あまり、ぼちぼち痒みもおさまりはじめた。
なぜ、笑えてくるのだろうか。ほっこりした気持ちになるのだろうか。