ちいさな快感
朝からうれしい出来事があった。
オムライスのタマネギのみじん切りの一辺が、下の前歯から奥へつづく虫歯に引っかかっていて、少々の歯磨きでは取れなかったのだ。
めずらしく、一行目で結論めいたことを書いたので、もうタマネギの一辺の行く末は読みっとってもらえただろう。
ぼくもまわりくどくはないだろうか?などと心配をせずに、ゆっくりと書き進めることにする。
ほかの曜日なら、ある程度は昨日の夕食のおかずを残しておくか、すぐ近くのコンビニに走ってもらってサンドイッチでも買うことになるのだが、木曜にかぎっては朝一番のトイレや食事介助のヘルパーさんが料理上手だから、冷蔵庫にあるもので適当に準備をお願いすることにしている。
今朝はおかずが残っていないうえに、冷蔵庫には卵とタマネギが半分あるだけだった。
結果、冷凍ごはんをつかってオムライスができあがった。
別の曜日ではごはんづくりに腕を振るっているヘルパーさんだけに、ぼくの好み通りのフワフワのオムライスだった。
最初に書いたように、ぼくには外見ではわかりにくい場所に虫歯があって、ときどき食べかすがつまってしまう。歯の裏側が削れていて、その凹凸に食べかすが入りこむというわけだ。シーチキンみたいなものだと歯ブラシで取れるけれど、くぼみに個体がピタッとハマってしまうと、舌の先に頼るしかなくなる。
今朝も、歯磨きをすませてもタマネギの切れ端はびくともしなかった。
舌の先で隙間を探すと、歯茎側にわずかな空間を見つけた。
微妙に角度を変えながらほじくり出そうとしても、相手は容易には動かない。
ぼくの実家では、食べ物に「お豆腐」とか、「お肉」とか、「お漬物」とか「お野菜」などと丁寧な言葉づかいで呼んでいた。
ちょっと飛躍しすぎかもしれないけれど、タマネギの切れ端に心が宿っていて、ウンチといっしょにトイレへ流されたくないと主張しているようだった。
五分ほど経過して、ついに新たな展開がみえた。
舌の先がしっかり切れ端の下に入るほど、隙間が生まれたのだった。
ここで、いつもの小市民的な「ぼく」が登場する。
新たな展開に興奮して、硬直を倍増させる姿を誰にも悟られたくはないのだ。
集中力をマックスにすれば、意図しない手足の動きは予測通りに影をひそめた。舌の先をより深くくぼみに差し入れてから、思いきり跳ね上げるように動かした瞬間、ポロンとタマネギの切れ端は口の中へころがり出した。
「ちいさな快感」と見出しをつけてしまったけれど、どれほどスッキリできたことだろうか。しばらくは、何事もうまくいきそうな気がする。