ありふれた一日
いつものように、日付が変わってから眠りについた。
トイレに一度、寝返りのために二度、泊まりのヘルパーSくんを呼ぶ。
シビンをあててもらいながら、横になっても眠っていないのかを訊ねてみる。
「最近はいろいろですねぇ」とのこと。
同じ隣の部屋といっても、引っ越す前と違ってベッドの向きが変わり、カーテン一枚を隔てただけで寝るようになったので、ぼくのいびきが気になるのだろうか。
以前は何度か呼ばないと、気づかないときがあったけれど、最近はすぐにきてもらえる。
還暦を過ぎたとはいえ、いまのところは体調も良好だから、前日の夕方からの介護時間を考えれば、すこしはウトウトしてもらったほうがうれしいのだけれど。
Sくんがわが家へやってくるようになって、十五年近くが経った。
おかしな気遣いをしてしまうぼくは、Sくんの本名のイニシャルでここに登場させたり、アドレスのニックネームのイニシャルを使ったり、できるだけご本人が特定されないように、一ひねりしている。彼は「なんでも書いていただいて結構です」と、いつも言ってくれている。
彼が来ると、安心できる。
二人で食べ歩きをするうちに、いろいろなメニューだけでなく、つくり方まで興味をもつようになり、家事ヘルパーさんたちにも自分からレクチャーを受け、だいたいのものはお願いできるようになった。
機械をさわるのも得意だし、ほんとうに心強い。
ちょっとした行き違いがあって、朝のヘルパーさんが時間になっても来なかった。
けっこうなどしゃ降りだったので心配したけれど、ただの勘違いだったのでよかった。
家事ヘルパーさんの時間帯は、買い物をお願いできるようなお天気ではなかった。冷蔵庫の残り物で、昼ごはんと夕ごはんのおかずを相談した。
具だくさんのポトフと万願寺とうがらしの煮ものに決定。
あいかわらず、木曜の家事ヘルパーさんはおふくろの味がとびきりだ。
家事ヘルパーさんと交代で、日中のヘルパーさんと訪問入浴のスタッフさんたちが同時に登場。
実は、今日が待ち遠しかった。
最近、レギュラーになった看護師さんの空気がぼくの大好きなミュージシャンの人たちのファンと重なっていたので、前回、お気に入りのうたを聴いてもらう約束をしていた。
ほんとうにやさしい人なので「いいうたですねぇ」と言ってもらえたものの、その表情を読み取ると、ビビッとこなかったようす。
こんなことはよくあって、音楽に関してはついつい前のめりになってしまう。
人の好みはそれぞれ。
これもまた「よし」。
入浴前の検温で、いつもよりすこしだけ熱が高めだった。
体調はとてもよかったのと、雨冷えしていてお布団をガッツリかぶっていたので、わが家アルアルの「こもり熱」だと説明してお風呂へ入る。
予定通り、お風呂の後は平熱だった。
いつになったら、ゆったりと過ごす日常が戻るのだろうか。
昼ごはんのあと、雨が上がったので明日の食材を買いに出てもらう。
せっかくの「ひとりの時間」なのに、いつも通り熟睡してしまう。
それにしても、玄関を出るドアの音がすると、どうしてすぐに記憶がなくなるのだろうか。そんなに気を使っているつもりはないのだけれど。
ヘルパーさんの帰宅後、お昼ごはんを食べたかどうか確かめる。
予想通り、お風呂のあとにぼくが居眠りしている間に済ませたとのこと。
最近はヘルパーさんがいても、十一時あたりから熟睡するときがある。
歳を取ってからあまり寝すぎると、寿命をちぢめるらしい。
昼ごはんを済ませてから、ストレッチと「コリのほぐし」をお願いしたあと、リハビリのために車いすへ乗りうつる。
このシリーズのタイトルのように、車いす中心の毎日から寝たきりに近い生活スタイルになり、一年半近く経過した。
予想以上の筋力低下に、手こずる毎日が続いている。
やっとぼく自身が目標にしていたレベルまでたどり着いたと思ったら、ぼくの愛車(電動)が故障して、一ヶ月近く修理に出さざるをえなくなった。
半端なく硬直があるので、対応できる代車は見つからず、こまめに「ほぐし」てもらっていたが、以前よりもつらい状態になっていた。
ただ、今回はリハビリの先生と整体に詳しいヘルパーさんがタッグを組んでもらえたので、急ピッチで回復している。
ほんとうにありがたい。
すこし腰に痛みが出てきたので、ベッドへ移動させてもらおうとしたときに、泊まりのヘルパーさんが到着。
乗り移りのときにすこし体勢が変わると、スッと痛みが消えた。けれど、ムリはせずにベッドへ。
予想通りのおふくろの味に満足して、ナイターを聴く。
ヘルパーさんには、食後の硬直をやわらげる薬でひと眠りしてしまうので、起こすようにお願いして、洗い物などを済ませてもらう。
予定の時間前に眼は覚めたけれど、ぼんやりとしているのでコーヒーを飲む。
ここのところ不調で、今夜も何も書けずにヘルパーさんが入力するパソコンと、ぼくが文章を伝えながら確認するタブレットの接続までで、無駄骨を折ってしまうかと思っていたら、目の前に画面が設置されると、ドンドンと言葉が降りてきてしまった。
書き忘れていたことがあった。
京都の親友からインクルーシブ教育(障害のある子どもとない子どもが、基本的に同じ教室で学びあう)の番組を知らせてくれていて、録画したDVDのダビングを頼んでいた。
けれど、なんとなくネットで検索したら、フル動画を見つけた。
前編だけアップされていて、後編は日曜日に再放送があるようだ。
親友によると、ドキュメンタリーの舞台になっている中学校の卒業式で、校長さんが友部正人さんのうたを子どもたちに送るシーンがあるそうだ。
今日の感想とは関係なく、どの曲を選んで、どんなふうにうたっているのだろうか、とても楽しみだ。
すべて観終わってから、引きこもごもな感想はどこかで書きたい。
そういえば、もうひとつ書き忘れていたことがあった。
フル動画を観終わると、お願いしていないのに、ヘルパーさんが沖ちづるさんの「負けました」を流しはじめた。
わが家で聴かされているうちに、自分の気持ちにピッタリくるようになったらしい。
こういう勝手な行動は、とてもうれしい。
すこし心が通じあえた気がした。
彼も、何かと悩みながら働いている。
いろいろとあって、モヤモヤした気分を引きずっている。
それでも、寿命が尽きるまでは生きなければならない。
そんな想いのありふれた一日だった。
おやすみなさい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?