おじいちゃんの強がり
おじいちゃんの強がり
つい半年ぐらい前まで、ぼくはカップラーメンのトムヤムクン味にハマっていた。
近所の大手量販店のカップラーメンの棚に見あたらないと、今度はスーパーへまわり他の商品といっしょに買いそろえた。最初の量販店でトムヤムクン味以外をそろえてでればいいのに、気が急いてしまって、手ぶらなままにつぎへ向かうことが頻繁にあった。
消耗品が切れかけていても、ぼくにはトムヤムクン味がその日の買い物の主役だった。
付き添いのヘルパーさんは、すこしバツが悪くてレジの店員さんと目を合わさないときもあった。
ぼくはといえば・・・。
トムヤムクン味を食べるときは、体のことは横へ置いておいて、ストローで汁まで飲み干した。すきま風だらけの部屋に暮らしていても、頭のてっぺんから汗が流れた。満足だった。
食器棚のすみのトムヤムクン味を思い出した夜があった。夕食を早く済ませすぎて、小腹に物足りなさがあった。
悪い予感も、すこしはよぎった。あまり体がほしがっている感じがしなかった。
最初のひと口、そんなに麺はスープに浸ってはいなかったけれど、ぼくには、もうキツかった。結局、三分の二ほど食べて、残飯をつくってしまった。
近所の住宅街に、カレー屋がオープンした。店主は、ぼくが契約しているヘルパー派遣事業所で、働いていた人だった。
三週間に一回程度は、テイクアウトをお願いするようになった。
ぼくのお気に入りは欧風カレーで、メニューの中ではずば抜けて辛さには欠けるけれど、独特のコクの深さは何度もリピートしたくなる。
この春、旬の食材がテーブル代わりの衣装ケースの上をにぎわした。
フキ味噌、そら豆の煮びたし、筍と茎ワカメの煮もの・・・、どれも素材の香りとほのかな甘みとほろ苦さを活かした薄味で仕上げてもらった。
わが家のヘルパーさんは腕利きばかりで、ぼくのイメージピッタリの味にあわせてくれる。
コッテリしたメニューは、週に一度あるかないかになった。味つけも、薄めをお願いすることが多くなった。
以前の口ぐせは、「旨さ第一、健康第二」だった。毎日、おいしいものを食べて寿命が縮まるなら、「それもよし」と思っていた。
なんと運のいいことだろう。還暦をすぎて、自然に食が健康志向に変わった。思わず、ニンマリとしてしまう。
ぼくは、咳きこみやすい。在宅生活が長くなり、長時間、車いすに乗ることが難しくなってきた。
こうしたハードルはあるけれど、コロナを気にせずに、安くて、旨い、下町の味めぐりができるようになるまで、なんとかスタンバイしつづけていきたい。
トンカツに濃厚ソースをたっぷりかけていたころが懐かしくはあるけれど・・・。