ヘソまがりではありません
駅前の天丼屋はリーズナブルで、テイクアウトができるから、適度に空腹感のあるときは、お世話になる飲食店の一件になっている。
黄砂で濁った空がひろがる午後だった。
ぼくは、自業自得で作業所の仕事が遅くなり、昼ごはんを食べそこねてしまっていた。
夕方から、大阪市内で開かれる集会の動員に誘われていた。
気分は重かったけれど、親しい知人であり、仕事上のつき合いも考え合わせると断りきれないと、渋々参加することにしていた。
店先から駅へ下りるエレベーターが見えるぐらいの距離なので、天丼屋へ入ることにした。
午後四時ごろといえば、もちろん客はぼくとヘルパーさんだけだった。
寝起きにサンドイッチを頬張ったぐらいで空腹は頂点に達していたし、ゆっくり食べる時間の余裕のなさも重なって、躊躇なくいちばん安いノーマルな天丼を選んだ。
注文を聞いてご主人に伝えようとしたおばちゃんが、ひと呼吸おいてふり返った。
「今日はサービスで、お好きな天ぷらを二種類プラスできますけど、何にされますか?」
ぼくはうれしいような、やっかいなような、複雑な気持ちになった。
いつもならこの時間帯だし、あれこれと考えたいところだけれど、それほどのゆとりはない。
とっさによぎったのが、青じそとノリだった。
条件反射で現れるのだから、二品とも思い入れは深い。
青じそのパリッと噛んだ瞬間のあの香りのよさ。のり天のあの香ばしさ。
青じそは市場で買うと、束で売られているので天ぷらには多すぎる。
ノリも、スーパーや量販店であれほど安く手に入るとは、完全に見落としていた。
だから、わが家の天ぷらの具材からはいつも「はみご」にされていた。
ただし、スーパーやコンビニのおつまみコーナーに並んでいる「のり天」は袋をあけると、最後のコナを口へ流しこんでもらうまで食べきらないと気が済まなかった。
さて、ぼくの言葉を聞き取ったおばちゃんは、一瞬キョトンとした顔をしてから、もう一度訊ね返した。
「お客さん、ホントに青じそとノリでいいんですか?エビでも、キスでも、アナゴでもかまわないんですよ。青じそかノリを選ぶにしても、どちらかにしてもっと『イイモノ』にしはらへんのですか?」
おばちゃんは「いい人」だった。
ぼくも「たしかに」と思いかけた。が、残念ながら、気がせいてしまっていた。
ただの動員だから、そんなに慌てることでもなかった。
一方で、ぼくの中では、青じそも、エビも、ノリも、アナゴも、天ぷらとしての価値はそれほど変わらない。
コスパへのこだわりはあるけれど、めったに味わえないものへの執着心も強いときもある。
つくづく思う。
書き進めながら、我ながら充ち足りた気持ちになった。
こんなささいな出来事を憶えていて、クドクドと書き残せる幸せを。