どうしたらエホバの証人になっていたかを考えてみた。
前回の記事で私がエホバの証人の親に育てられたにも関わらず、なろうとしても、なれなかったということを書きました。
私はどうしていたらなれただろうか?ということを考えてみました。
留学しなければ、エホバの証人になれたかもしれない。
17歳のときにフィリピンに留学、20歳でアメリカの大学に留学させてもらいました。
私にエホバの証人になってもらいたかったのに、なぜ私を留学させたのか気になったので母に聞いてみたことがありました。
母自身が英語を話せるようになりたかった、留学に憧れていたという回答でした。
小学校低学年のときから姉と一緒に近所の英会話教室に通わされていたのも納得でした。御蔭で私は英語が得意教科となり外国への興味が湧き、留学へと繋がり、社会人になって英語を使った仕事をずっと続けて来ることができました。私の人生においてすごく良かったことです。
エホバの証人は自分たちの宗教を唯一の真実としていて、他の宗教を『偽りの宗教』と呼びます。フィリピンでの留学先の高校はカトリックで、カトリックの教えに触れていくと、エホバの証人の教えとの違いは聖書に書かれた内容の解釈の違いだけでした。
どの解釈(宗教)を信じるかは、人それぞれの自由ということがわかりました。
「真理を学びなさい」と言われたので、真理を追求してみた。その結果エホバの証人が真理ではないと分かってしまった。
母からは「エホバの証人の教えこそが真理だから、それを学びなさい」と常に言われていました。
子どもはなんの疑いもなく親が言うことを信じるものです。
母が「これこそが真理」というので私はそうだと信じ込み、それを世の中に証明してみせよう!という意気込みでした。
証明するためには他の可能性を知り、排除していく必要があります。
フィリピン留学中にカトリックを学んでカトリックの教えを全否定してみせようとすら正直思っていました・・・。 なんて傲慢だ、17歳の私よ!
現実は、カトリックの教えはとても素敵で愛にあふれていました。
こういう話をするとエホバの証人からは「サタンの誘惑だ!」と言われてしまいます。(私の脳内で今その声が聞こえましたw)
世界中の人と出会い、世の中の真実を知れば知るほどエホバの証人の教えが如何に偏っていて、閉鎖的で、自分たちを正当化するために違う考えを排除しているということがわかってしまいました。
それでも、エホバの証人の勉強を辞めたあとも私は心のどこかでまた戻る時が来るかもしれないと心のどこかで思っていました。
25歳前後のとき、アメリカ人の親しい友人にそんな話しをすると全力でやめるべきだと私を止めました。
当時は「そんなに悪いものではない・・・」ぐらいに思っていたけれど、今なら彼が必死に私を止めようとした理由がわかります。
エホバの証人がいくら「人々を救っている」と言っても、現実にはそのせいで苦しんでいる人が沢山いるという事実を知らなかったら、なれたかもしれない。
それを知ってもなおエホバの証人の道を選ぶ人たちのことを責める気はありません。それを知ってもなお続ける理由が、彼らにはあるこは尊重します。
私にはできない。
「自分たちだけが正しいことをしている」というスタンスは私は危険だと思うし、私はそういう人間になりたくないと心底思います。