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「あだち充の恩返し」だった『スローステップ』|碇本学

ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本の青春」。
今回は、昭和と平成をまたぐ時代に連載された『スローステップ』について。
『タッチ』のヒットで国民的漫画家となったあだち充が、最後に描いた「少女漫画」である本作。その自由奔放な作品性と成立背景に光を当てていきます。

碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春
第13回 『スローステップ』:あだち充の恩返し、フリージャズスタイルを極めた最後の「少女漫画」


幕間の短編集『ショート・プログラム』

国民的なヒット作となった『タッチ』の連載終盤であった1986年に、少女漫画誌「ちゃお」同年9月号で連載が始まったのが『スローステップ』だった。あだち充にとっては『陽あたり良好!』(「少女コミック」)以来の少女漫画誌での連載となり、1991年3月号まで約4年半続いた。また、この作品以降あだち充は少女漫画誌で連載をしておらず、今のところ最後の少女漫画誌で連載された作品になっている。『スローステップ』の連載期間は、元号が「昭和」から「平成」に変わった時期でもあった。
一方、「少年サンデー」では『タッチ』の次作となり、あだち充作品の中でも『タッチ』と肩を並べるほどの人気作となる『ラフ』(1987年17号〜1989年40号)も同時期に連載されていた。また、『ラフ』の次作となる時代劇×SF作品『虹色とうがらし』(1990年4・5合併号〜1992年19号)も連載されていた。
あだち充はこの連載でも指摘しているように『ナイン』以降、何作か並行して連載をしている。そして、短編作品もその間に何編も描いているという、実は多作な作家でもある。『タッチ』終盤の1985年から『ラフ』連載中の1988年にさまざまな漫画誌で描かれた短編が収録されたのが短編集『ショート・プログラム』だった。

 読切を描くきっかけは、大抵義理で、恩返しです。ある程度売れて名前も出たので、だいたい元担当がいるところで描いてます。
 元担当が異動するたびに、異動祝いで読切を描かされるという。亀井さんがやたらと異動してくれるんで大変でしたよ。〔参考文献1〕

ということで、『ショート・プログラム』収録作品は掲載雑誌がバラバラである。下記、単行本での掲載順ではなく、雑誌発表順に収録作品を並べると、この時期のあだち充の多彩さが見えてくる。

・『なにがなんだか』(「少年ビッグコミック」1985年1号&2号)
『タッチ』の反動か、かなり力を抜いている作品。超能力や不思議な力がアクセントになっている。後の作品でいうと『いつも美空』の系統だと言える。

・『むらさき』(「ちゃお」1985年6月号)
『陽あたり良好!』以来の少女漫画。ある人物がタイトルについて発言するセリフが軸になって出来上がった短編。少女漫画なのに格好いい男の子よりも可愛い女の子をメインで描いているのがあだち充らしい。

・『チェンジ』(「少年サンデー増刊」1985年10月増刊号)
『ナイン』以来の「少年サンデー増刊」で描かれたこの短編は、ボーイッシュな女の子が変わる話。まさしくチェンジする物語だが、この部分は『スローステップ』の主人公である「中里美夏」が変装する点を彷彿させる。

・『交差点』(「少年ビッグコミック」1986年4月号)
いつも同じ場所ですれ違う少女に恋心を抱き始めた主人公。しかし、友人(『陽あたり良好!』美樹本似の克明)のせいでファーストコンタクトに失敗してしまう。希望を残すような終わり方は、台詞で語りすぎないあだち充らしさが光る。

・『プラス1』(「ちゃおデラックス」1986年初夏の号)
もはや昭和的なアイテムになっている懐かしの「カセットテープ」が小道具になっている短編。「カセットテープ」に登場人物の思いを吹き込んだという部分は、『ラフ』に近い要素を持っている。

・『近況』(「少年ビッグコミック」1987年1号)
昔好きだった女の子との同窓会での再会を描いた短編。主人公の杉井和彦、彼が好きだった高沢亜沙子、中学時代からモテていた二枚目の東年男の三角関係がメインとなる。杉井と二人は違う高校に進み、高校でも亜沙子と年男はお似合いのカップルだと思われていたが、互いのコンプレックスで想いがすれ違う様子が描かれる。
中学時代の和彦は成長が遅く、いつも年男に守られている存在であり、亜沙子が年男にあげるために作っていたマフラーは、逆に手先が器用な和彦が手伝っていた。そして年男の側は、亜沙子からの気持ちにも気づかなかった和彦に高校時代ずっと嫉妬しており、彼と距離を置いてずっと会わないようにしていた。こうしたチグハグが、短編ながら回想シーンの多用で描かれるのが特徴的。
成長が遅かったから好きな女の子はもう違う誰かと付き合っていた、相手にされないと思い込んでいたというモチーフは、のちの『H2』の主人公・国見比呂を彷彿させる。

・『ショート・プログラム』(「ヤングサンデー」1987年創刊号)
『ナイン』以降にも何度か作中で描かれることのある、「覗き」をモチーフとした短編。主人公はヒロインと交際しているが、実は付き合い始める前から彼女の部屋を望遠鏡を使って覗いていた。そこで彼女に言い寄る別の男性に襲われそうになったところで電話をかけたり、鍋が沸騰しそうになったりした時にも、あらゆる手を使ってヘルプしていたことが後にバレて振られるというもの。つまりヒロインにとって、恋人になった男は今で言うところのストーカーみたいな存在だったのだ。感想は非難轟々だったらしいが、読んでみると納得ではある。
本作は「ヤングサンデー」創刊号に寄せられた短編だが、創刊編集長は『みゆき』の担当だった亀井修だった。だからなのか、『みゆき』連載時のような「覗き」モチーフで亀井を喜ばそうと、タガが外れた内容になってしまったようにも見受けられる。このように、重鎮となったかつての担当編集者との絆もあって、あだちが新雑誌の創刊や周年のお祭り事には欠かせない看板作家になっていたことがうかがえる作品だ。

・『テイク・オフ』(「ヤングサンデー」1988年7月号)
高校を卒業しても毎年背が伸びていく長身の永島と、走り高跳びの選手で、記録に挑戦し続ける仲田里美。あるとき永島は、里美の毎年の記録の伸び方が、自身の背と一致していることに気づく。そこから、里美が永島の背と同じ高さをクリアする2ページにわたるシーン運びは見事なほどに美しく、当時のあだち充の作画力の円熟を示す作品になっている。

「ミツルの恩返し」から始まった『スローステップ』

『タッチ』で「少年サンデー」を代表する漫画家になったあだち充の次作連載作品が、なぜ少女漫画誌である「ちゃお」だったのか?

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