「恋人としての妹」の発見(前編) | 碇本学
ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。今回は、あだち充を一躍スターダムに押し上げた大ヒット作『みゆき』を取り上げます。今日のサブカルチャーに氾濫する「妹もの」の元祖ともいえる本作は、『ナイン』『陽あたり良好!』で培ってきたあだちのラブコメ作家としての才能が初めて全開になった作品でもありました。
ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本社会の青春
第11回 「恋人としての妹」の発見(前編)
「エッチ」で「スポーツはしない」
『ナイン』と『陽あたり良好!』でヒットメーカーの仲間入りを果たそうとしていた遅咲きのあだち充を、一気にスターダムに押し上げたのが、1980年に少年ビッグコミックで連載が始まった『みゆき』だ。
『みゆき』を担当した亀井修は、少年サンデー増刊号であだちが『ナイン』を描くきっかけを作った編集者であり、当時は少年ビッグコミックに在籍していた。
1979年の冬、あだちの元を訪れた亀井は、少年ビッグコミックでの新連載を打診する。
「当時のちょっと背伸びしたい読者が、欲しいものってなんだろうって。偶然、充も僕も末っ子という共通項があって、『妹じゃないか』ってことで意気投合して」
「チャキチャキした女の子がウケる時代になっているから、『ナイン』のヒロインより、陸上部で走っていた脇のキャラクター(安田雪美)のほうが魅力的だと思うんだ」
あだち充の部屋で打ち合わせをしていた二人はそのまま飲みだし、亀井はレコード棚にあった中島みゆきのLPを見つける。あだちは中島みゆきが好きで、コンサートにも行っていた。中島みゆきは歌のイメージではしっとりした印象だが、ステージの上ではガラッパチなんだとあだちが亀井に言う。
「充、やっぱりさぁ、ガラッパチのヒロインにすんのはいいんだけど、しっとりした女も必要じゃないかな。ヒロイン、ふたりにしない?」
「それでいこう!」
こうして『みゆき』に、新時代のヒロイン・若松みゆきと、旧来のヒロイン・鹿島みゆきのダブルヒロインが配置された。「みゆき」の名前の由来は、打ち合わせ中に聞いていた「中島みゆき」であり、安田雪美の「ゆきみ」の文字の入れ替えだろう。
このとき亀井とあだちが決めたテーマは二点だけ、「エッチ」であることと、「スポーツはしない」ことだったという。
『ナイン』と『陽あたり良好!』で確立したフリージャズ的な手法については前回論じたが、この「エッチ」と「スポーツはしない」という制約をベースに、あだちの即興的な物語技法が活きに活きたのが、この『みゆき』だった。
前2作では、物語前半はスポーツ中心、後半はラブコメ中心だが、『みゆき』ではファンの要望に応えて、彼らが求めるラブコメ展開だけを突き詰めることに決めた。この判断が功を奏した。連載当時の少年ビッグコミックのラインナップには70年代の余韻が未だ残っており、いわゆる熱血路線の作品が多かった。その中で、スポーツを扱わない物語、汗をかかない主人公で、いかに読者を引き付けるか。その漫画の核の部分において、「女の子のパンツをどう見せるか」に特化したラブコメ漫画『みゆき』は、否応なく目立つことになった。
いま『みゆき』を改めて読むと、下着や水着のシーンがこれでもかと出てくることに驚かされる。若松真人が鹿島みゆきのビキニの下を持っているシーンは、第1話だけで8コマもあり、そもそも冒頭からして、女の子たちが民宿の共同浴場にいるシーンから始まっている。
『みゆき』が始まる前、亀井はアイドル写真集やビニ本をたくさん買っては資料としてあだちに渡していた。「俺をエロ漫画家にする気か!」と言ったあだちに対し、亀井はこのように答えたという。
「大丈夫、おまえには、持って生まれた線の綺麗さがある。おまえの絵はあまりに健康的だから、エロにはならない!」
あだちも当時のことをこう回顧する。
「ここまであざとくエッチなシーンを描いたのは初めてでしたね。でも、全然抵抗はなかった。「おまえの絵は何を描いても下品にならない」と誰かに言われて、変な自信がついて、調子に乗って描いてました。
とにかくヒロインの若松みゆきの人気が異常でした。昔から計算なんて何もしてないですから、何がウケたんでしょう。自分でもまったくわからなかった。「タッチ」の連載が並行して始まるまでは、「みゆき」もじっくり考えながら、楽しんで描いてましたよ。「タッチ」が始まるまでは……」
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