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[特別無料公開]高佐一慈「究極の幸せ」(『乗るつもりのなかった高速道路に乗って』より)

お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんによる連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」がついに書籍になります!
発売を記念して、今回のメルマガでは特に人気の高かった「究極の幸せ」を全文無料公開します。テーマは高佐さんの思い描く「究極の幸せ」について。夜眠る前にある料理を思い浮かべることが、キングオブコント優勝にも匹敵するほどの幸福なんだとか。

高佐一慈(ザ・ギース)『乗るつもりのなかった高速道路に乗って』
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車は高速道路を爆走する。
インターで降りようにも、降りる恥ずかしさを考えると、このまま高速を進んでいった方がマシなように思う。
こうして僕は、周りの目を気にするがあまり、引くに引けなくなってしまうのだ──。

「こんなに笑えるエッセイは絶滅したと思っていました。自意識と想像力と狂気と気品。読んでいる間、幸せでした。」
ピース 又吉直樹さん、推薦!

誰にでも起こりうる日常の出来事から、誰ひとり気に留めないおかしみを拾い集める、ザ・ギース高佐一慈の初のエッセイ集が待望の刊行。

『かなしみの向こう側』で小説家としてもデビューしたキングオブコント決勝常連の実力派芸人が、コロナ禍の2年半で手に入れた言葉のハープで奏でる、冷静と妄想のあいだの27篇です(単行本のための書き下ろし2篇と、あとがきを収録)。

究極の幸せ|高佐一慈

 夕食におでんを作った。
 月に一度くらいのペースだろうか、時間に余裕のある日に作る傾向がある。
 食材費は安く、簡単にできるので、週に一度でもいいくらいなのだが、これからも長く付き合っていきたいので、飽きないように月一くらいに収めている。
 土鍋に水を入れ、昆布でダシを取り、白だしとめんつゆを入れ、火にかける。沸騰したら、大根、ちくわ、糸こんにゃく、たこ天、じゃがいも、ロールキャベツを鍋いっぱいに敷き詰め、蓋をして弱火でコトコト。
 自分の好きなメンバーで具材を固め、できるだけたくさん作る。次の日の朝も食べられるようにだ。
 土鍋の蒸気口から湯気がフンフン噴き出すのを横目に、箸や食器をこたつの上に並べる。冷蔵庫から缶ビールを取り出し、グラスに注ぎ、こたつに入って、一口、二口と飲む。苦味のある爽やかな炭酸が喉を通っていく。
 そうこうしている内に、おでんは出来上がる。
 蓋を開けると、真っ白な湯気の塊で、一瞬視界が遮られる。その直後、さっきよりも膨らんだ具材たちがぎゅうぎゅうになりながら、大きな鍋の中でグツグツと踊っているのが目に入る。
 僕は火を止め、器に装う。
 食べる。つゆの染み込んだ大根、ホクホクのじゃがいも、ブヨブヨに膨らんだたこ天。
 美味い。特に冬の寒い日に食べるおでんは格別だ。
 奥さんが帰ってきた。玄関のドアを開けるなり、鼻をクンクンと鳴らす。
「おでんだ!」
 つゆが滴るちくわ、食感の良い糸こんにゃく、少しほつれたロールキャベツ。
 器に装い、奥さんも食べる。
 テレビを見ながら、二人でダラダラと過ごし、寝る時間に。
 パジャマに着替えた僕は、電気を消して布団に入った。
 目をつむると、土鍋に半分残ったおでんのことで頭がいっぱいだ。
 おでんのつゆは、熱が冷めた時に、具材にぎゅーっと染み込んでいく。だから一晩寝かせると美味しくなるのだ。
「ああ、朝起きたら、鍋におでんがある!」
 人生で一番幸せだなと感じる瞬間は、どんな時ですか? と問われれば、僕は間違いなく
「二日目のおでんを残して布団に入った時」
 と答える。考えれば考えるほど、この瞬間が最強なんじゃないかと思う。これ以上幸せな瞬間なんてあるだろうか?
 たとえば、子供の頃。クリスマスイブの夜、布団に入った時。
 明日の朝、目が覚めたら枕元にプレゼントがあることを想像し、ワクワクして眠りにつく。希望に満ちた幸せな瞬間だ。
 しかし、どうだろう。サンタさんからのプレゼントが、確実に自分の欲しているものである保証はどこにもない。ガッカリする可能性だって孕んでいる。
 現に僕が子供の頃、サンタさんに当時流行っていた人生ゲームをお願いしたのだが、彼からのプレゼントは、人生ゲーム平成版という、僕が思っていたものとは少し違うものだった。友達の家で夢中になって遊んだそれとは、色や形、仕様が違っていることに「これじゃないんだよなあ」と、首をひねりながら遊んだ記憶がある。
 その点、【二日目のおでんを残して布団に入った時】には絶対的な安心感がある。台所の、コンロの上の、鍋の中に鎮座するおでん。まるで聖母マリアのようだ。次の日の朝、蓋を開けたら、中におでん平成版が入っていた、なんてことはない。思い描くおでんがちゃんと入っている。
 たとえば、交際を始めたばかりの恋人とのデート前夜、布団に入った時。
 彼女は僕のことが大好きだ。僕も彼女のことが大好きだ。そんな二人が明日、映画や遊園地やショッピングなど、楽しいと思える時間を共有するのだ。素晴らしく幸せな日になることは間違いない。ワクワクして寝られない。
 しかし、どうだろう。刺激が強すぎる。ドキドキ、ワクワクして寝られないくらいの幸せは、もはや幸せとは呼べない。嫌われたらどうしようと、よくないことも考えてしまう。
 現に僕は、そうやってなかなか寝付けずに、次の日寝坊してしまい、相手が不機嫌な状態でデートをする羽目になってしまった苦い過去がある。最終的には「楽しかったね」と言って別れたが、帰り道、無事終わってよかったと、ホッと胸を撫で下ろしている自分がいた。
 その点、【二日目のおでんを残して布団に入った時】は、幸せの塩梅が絶妙だ。多少興奮してしまい、すぐには寝付けないが、朝まで寝付けないなんてことはない。いつの間にか眠っている。万が一、寝坊してしまったとしても、よりつゆが染み込んだおでんが待っているだけだ。遅刻すればするほど、相手は魅力を増す。
 たとえば、単純に眠さMAXで布団に入った時。
 徹夜して、仕事で疲れて家に帰ってきて、フラフラの状態で、ベッドに倒れ込む。そのまま、襲ってくる睡魔に身を任せて眠りに落ちる。最高の幸せかもしれない。
 しかし、どうだろう。だったらそこに、二日目のおでんがプラスされている方がいい。
 一旦布団から離れよう。他にも幸せと感じる瞬間を考えてみる。
 たとえば、お笑いの賞レース、キングオブコントで優勝した時。
 これは涙を流すほど嬉しいはずだ。これまでの苦労が報われるのだ。何年も何年もチャレンジと失敗を繰り返し、ようやく掴み取った栄光の瞬間。
 しかし、どうだろう。確実に思うはずだ。「このあとどうしよう」と。
 優勝してからが本当のスタートなのだ。いろんな番組に出演し、そこでも結果を残さないといけない。毎日、消費される自分に焦りながら、新たな自分を生成していかなければいけない。未来に向かって、希望と同時に不安や焦りを抱くことになる。
 その点、【二日目のおでんを残して布団に入った時】は、希望しかない。「このあとどうしよう」なんて不安は全くない。だって美味しいおでんを食べるだけだから。
 あえて不安点を絞り出すとしたら、「腐っていたらどうしよう」だが、夏場ならともかく、冬にしか作らないおでんが、一晩で腐ることはない。二日目のおでんと僕との信頼関係が崩れたことは、今までただの一度もない。
 夏の田舎で、花火を見ながらスイカを食べている時も、幸せを感じる瞬間の一つだ。
 しかしどうしても、花火が終わった後の寂寞感を考えてしまう。一年に一度しかないことが、より切なさを強調させる。
 その点、【二日目のおでんを残して布団に入った時】は、切なさなんて微塵も介入してこない。
「もしもおでんを食べ終えてしまったら」と考えても、「いつでも作れるしなあ」という余裕が情緒をかき消す。
 他にも、温泉の大浴場を独り占めしている時、気に入った服を見つけて買った時、友達とお酒を飲みながらくだらない話に花を咲かせている時などを思い浮かべてみたが、どれも【二日目のおでんを残して布団に入った時】に比べると、余計な思考が邪魔をしてきそうで、素直に幸せを享受できない。
 つまりこれが、究極の幸せじゃないだろうか?
 そう結論付けかけた瞬間、僕はこの隙のない幸せに対抗できる好敵手を見つけた。
「二日目のカレーを残して布団に入った時」
 盲点だった。ライバルはすぐそばにいた。
「二日目のカレーを残して布団に入った時」
 いい! とてもいい! 最高に幸せだ。
 待てよ? ということは……。
「二日目のビーフシチューを残して布団に入った時」
 いい、いい! いいぞ! ああー、いい。
「二日目のぶり大根を残して布団に入った時」
 いやあ、いいなあ。うん。とてもいい。というかこれはほぼおでんみたいなものだ。
 それから二日目のもつ煮込み、二日目のチキンのトマト煮、二日目の煮込みハンバーグ、二日目のカレイの煮付けと、二日目の煮込み料理全般を思い浮かべる。
 暗闇の中、にんまり笑顔だった僕のまぶたが、徐々に重たくなってきた。眠りに入ろうとする僕の体には幸せが沁み渡っている。ちょうどおでんの具につゆが染み渡るように。おやすみなさい。

(了)

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