青い炎【小説】第一話
「ねえ。おばあ。あの絵なに?」
七五三の晴れ着に身を包んだ子どもが、祖母に声をかける。どこにでもありそうな、和室のある一軒家。その風体には似つかわしくない、おどろおどろしい絵が飾ってある。
「鬼さんだよ」
「鬼?」
「この島を守る、こころ優しい鬼の絵だよ」
「鬼は、悪者だよ?」
和服に身を包んだ老婆は、すこし寂しそうな表情を浮かべ、絵を見、また幼い孫に視線を戻した。
「そうだね。鬼はみんなの嫌われものだね。でもね、ひとは時に鬼の顔を借りなくちゃいけないときがあるんだよ」
「ふーん」
「この絵も本当はわたしの代で終わるはずだったんだけどね……」
老婆は立ちあがると膝を手ではらい、台所へと消えて行った。残された幼子はふたたび絵を眺めた。鬼の顔を借りるときが、自分にもくるのだろうかと考える。窓の外は蝉しぐれ。夕焼けが晴れ着との別れを告げていた。
朝、目が覚める。西東かつきはケータイのアラームを止め、ダイニングに顔を出した。
そこは、日本の南端。沖縄。さまざまな文化の交わる、裕福とは言えないが豊かな島国だ。そのちいさな琉球列島のさらにちいさな島。そこに克鬼の暮らす村はあった。
「香織さん。おはようございます」
「あらかつきちゃん。おはよう。すぐ朝ごはんにするわね」
家政婦に声をかけると、自分でアイスコーヒーをいれ、かつきはイスに腰かける。そこでようやくケータイをちゃんと見る。クラスメイトからの何件かのメッセージに適当に返事を打っていると、一番の悪友である山内広夢から着信があった。
『今日、転校生くるんだってよ! 父ちゃんが言ってた! 綺麗な女子だと!』
広夢の父は、沖縄本島とこの島を結ぶ定期船を走らせる海の男だ。へえ。かつきは『楽しみだね』と返事して、目の前に出されたハムエッグを食べる。
――夏休み前に転校、ね。
なにか訳ありそうだと思う感覚を頭の隅に追いやって、食事が終わると、琉球新報と沖縄タイムスを見比べる。かつきはその日、日直だった。担任教師の指導の一環に、朝のホームルームで、日直が気になったニュースを発表する。それがかつきのクラスの決まりごとだった。
紺色の学生服に袖を通し、ポーターのリュックに体育で使う水着をいれたら、かつきは祖母の部屋の前でひざまずき、戸を叩いた。
「おばあさま、失礼します」
「はい」
祖母の西東ヨシは着付けをしているところだった。最近は調子が悪く、寝てばかりだったが、この日は違った。
「今日の夜の会食は遅れないでくださいね」
「はい。行ってまいります」
「はい。いってらっしゃい」
ふすまを閉めるとかつきは外に出た。容赦ない南国の日ざしは、分厚く白い雲の隙間から顔を出している。どちらかというと色白なかつきは散切り髪をかき上げ、ゆるい下り坂を見た。すると、肌の黒い丸刈りの少年が立ちこぎでやって来る。広夢だった。
「おはよう」
「おう、かつき。暑いなー、今日も」
広夢はあいさつもそこそこに、かつきを自転車に座らせ、来た道を戻る。風が頬をなぜる。かつきは心地よさを覚えていた。
ふたりは島唯一の教育施設である。県立の小中一貫校についた。
「げ。ゴリ松」
広夢が苦虫を噛み潰したような声を出す。かつきが校門を見ると、担任の通称、ゴリ松が立っている。
「お前ら、やっときたか」
「遅刻じゃないですよね?」
広夢に問いかけられて、ゴリ松は腕時計を見る。
「まあいい。荷物を置いたら職員室までくるように」
そう言って担任はさっさと行ってしまった。
「なんかしたの?」
かつきが言うと、広夢は首をかしげる。
「いろいろ思い当たり過ぎて――あ!」
すっとんきょうな声で広夢はかつきを見た。その期待に満ち溢れた表情に、かつきは察した。
「「転校生!」」
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