コザの夜に抱かれて 第19話
いつものジュンク堂にふたりはついた。みゆきたっての希望だった。真由美は女性誌のコーナーでファッション雑誌を読んでいる。
みゆきは久しぶりに来たこともあって、いろいろなところを、うろうろしていた。
そして、<兵士は戦場で何を見たのか>という本を読んでいるときだった。ジャージの上着のすそを誰かに引っぱられた。みゆきは静かにその方をむいた。彼女はなんとなくわかっていた。そして笑った。
「お久しぶりですね」
以前、絵本を買ってあげた女の子だった。裸足だった。みゆきは膝をおって、少女と目線を合わせた。
「この前の本、どうでした?」
女の子はすこしうつむいて、ポツリと言った。
「かなしかった」
「どうして?」
「さいご、しんじゃったから」
うーん、とみゆきはうなった。それからいろいろ思考をめぐらせ、こう言った。
「でも最後は、愛する相手のことを思って、生き返らなかったんでしょう? これって愛じゃないですか」
「あいってなに?」
それまでもじもじしていた少女の目が、みゆきをとらえた。
「愛、ですか。……正直わたしもわかりません」
そのとき、少女のおなかがぐるぐると鳴った。みゆきはすこしだけ笑った。
「おなか、すいてるんですか?」
「……うん」
「夕ご飯どきですもんね」
「おとといから」
急に、少女が涙ぐんだ。みゆきはなんとなく感づいた。
「ごはん、食べてないんですか?」
少女はなにも言わず、おかっぱ頭をたてに振った。
「なにか食べにいきますか?」
「え?」
「いいところがあるんですよ」
目に涙はまだたまっていたが、少女の目はすこしだけ希望になった。それを見て、みゆきは、彼女に手を伸ばした。その女の子も、その手をとった。少女にとって、みゆきはなんでもできるようなヒーローに見えた。
「ここまでだからね」
「はい、すいません」
「おい風俗嬢。変な真似はするなよ」
「わかってます」
とある市営団地の一角。そこにみゆきと少女は降ろされた。不安げな少女の手をとり、みゆきは団地の中にはいり、とあるドアの前で止まった。台所の窓からはスパイシーなカレーのにおいがしている。
「ここでは、ただで食べ物がもらえるんですよ」
「え?」
少女は驚いた。その理由もみゆきにはなんとなくわかった。
「東京地検特捜部ですがー」
窓にむかって、みゆきはすこし、声をだした。すると、ガラッと窓があいた。
「みゆきさんじゃないっすか!」
「お久しぶりですね。ショウゴ君」
「入ってください!」
そう言われて、みゆきと少女は中に入った。ボロボロのスニーカーが、三つほどあった。
「えー! みゆきさんだ。やっけー久しぶりやっさ。元気でしたか?」
「ほどほどに」
ショウゴ、と呼ばれた人物は髪をコーンロウにしていて、黒のジャージだった。彼はすぐにみゆきのうしろに隠れていた少女を見つけた。
「隠し子ですか?」
そんなことはないとわかっていながら、ショウゴはみゆきに聞いた。
「そうです」
「嘘でしょ?」
「嘘です。おなかがすいているのに、親がご飯をつくらないらしいので、ここのNPOを教えとこうと」
ショウゴは一瞬顔に影をおとし、笑った。
「なんて名前かな? おれ、ショウゴってんだ、よろしくな」
彼は右手を前に出した。少女はびくびくしながら握手した。
「ショウゴさーん。まだっすかー」
うしろから声が飛んできた。
「えー。待っとけ」
「ちょっと、台所借りますね」
「え、あ、いいですけど」
「久しぶりに、魔女の軟膏、つくるので」
ショウゴはなにも言わなかった。
ドクムギ、ドクニンジン、ヒヨス、レタス、スベリヒユ、赤と黒のケシをそれぞれ0,0684g。それをすべて合わせたもの4に対し、油を6混ぜ合わせる。この混合物31,103gにつき、アヘン1,296gを加えて、<魔女の軟膏>が完成。
「じゃ、あとは頼みますね、ショウゴさん」
そう言って、みゆきはショウゴの頬に口づけした。
「また遊びましょうね。バイバイ」
少女に手をふり、茜色の街へ、みゆきは消えて行った。
――――――――――――――――――――――――――――――
書籍ではぼくの本職でもある小説家としての一面が見れます。沖縄県内書店では沖縄県産本コーナーにて。内地のかたは全国の本屋さんで取り寄せが可能で、ネットでもお買い上げいただけます。【湧上アシャ】で検索してください
ついでに、アートから地域の情報まであつかう、フティーマ団いすのき支部のゆかいなラジオ、『GINON LAB』こちらもよろしく。
FMぎのわん79.7 『GINON LAB』毎週土曜日16時半~17時
――――――――――――――――――――――――――――――――――