コザの夜に抱かれて 第5話
一鉄には好きな女がいた。それも夜の女だ。はまってしまってはいけない。そんな思いは一鉄のなかにもあった。しかし、恋というのはどうしようもないもので、だれにも止めやできないものであるのも確かだった。
「すいません」
「いらっしゃいませー」
彼は花屋に来ていた。もちろん、その好意を抱いている女性にあげるために、花束を買おうと思ったからだ。花屋独特の植物の甘い香りに誘われて、ショーケースの前で立ち止まった。赤すぎない、ピンクとも呼びがたいバラが、咲いていた。
(このバラなら、みゆきさんも喜んでくれそうだ)
「あ、あの。これ、ください。花束にしてもらって」
中年の女性店員がのそりとイスから立ち上がった。手慣れた様子でバラをまとめていく。ラッピングをすると、それは見事な花束になった。とてもきれいだ。一鉄はそう思った。
「ありがとうございます。六千円になります」
その値段を聞いて、一鉄はぎょっとした。バラが高いことを彼は知らなかったからだ。しかし、一鉄は、ここまできて引き下がるものか、とペラペラの財布から一万円をとりだして渡した。
その花屋からそう離れてはいないところに、その店はあった。看板は出ていない。なぜならそこは本番ありの違法売春、いわゆる<青線>のビルだからだ。知るひとぞ知る、男の隠れ家、もしくはオアシスと言ったところだろうか。
二重扉を開いて、一階の受付に出る。透明なプラスチックの壁ごしにひとりの黒服が立っている。
「あ、あのー。電話で予約したものですが」
「みゆきさんのご指名の方ですね? 指名料ふくめ、二万になります」
「は、はい。あの、オプションでセーラー服を」
「承知しました。そこのソファでかけてお待ちください」
そう言われて、一鉄はショッキングピンクのソファに腰かけた。彼のほかにも、二三人の男がいた。作業服と、白いスーツ。一般的な中小企業に勤める一鉄はすこしびくびくしながらフロントの写真を見ていた。
(やっぱりみゆきちゃんが一番綺麗だよなー)
五分経って、作業着がいなくなり、十五分経って白スーツがいなくなり、一鉄が受付で待つこと三十分。店の奥の扉が開いた。
「いっちゃんさん。こんばんは」
「み、みゆきちゃん」
受付にみゆきがあらわれた。珍しいことだ。それは常連である一鉄に、店長がしかけたサプライズだった。セーラー服もばっちりと着こなしている。
「これ、プレゼント」
「バラ、ですか。ありがとうございます」
そこらの風俗嬢ではないみゆきは、はしゃがなかった。そのバラの花束をそっと受けとった。そして、一鉄の手をとった。
「行きましょう」
「あ、ああ」
喘ぎ声のする廊下を通って、エレベーターに乗る。目指す場所は四階だった。
その店は、ピンサロ、ヘルス、ソープ(本番あり)というそのひとつのビルで一から十まで楽しめるつくりになっていた。
「みゆきちゃん。バラの花言葉って知ってる?」
「……情熱、愛情。ですよね?」
「知ってるんだ! さすがだなあ」
チン。エレベーターは三階へふたりを連れてきた。そこからは外階段をのぼらなくてはならない。ポニーテールの、みゆきの髪が風になびいた。ボディソープの香りだ。一鉄は自分が一番乗りではないことを知って、すこしだけがっかりした。
「今日は満月ですね」
「ああ。本当だ」
それからまたビルの中にはいり、四○一と書かれた部屋にたどり着いた。
「どうぞ」
「あ、あのさ」
中にはいった一鉄が切り出した。
「メガネは、外さないでもらえるかな?」
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