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コザの夜に抱かれて 第1話
すこし、彼女の話をしようか。
彼女の名前はみゆき。苗字はない。なぜなら源氏名だから。容姿について語るなら、<困り顔>というのが適切かもしれない。長い黒髪を後ろで縛っていて細い黒ぶちメガネに下がり眉。美人と言うほど美人ではないが、端によせるほどでもない。
彼女の暮らす八畳のワンルームには、大きな本棚がふたつとテーブルとマットレスがあるぐらいだ。テレビはない。なぜなら、彼女にはいらないからだ。
「もうこんな時間ですか」
今起きた彼女は、携帯を見て時間を確認した。そして本棚の中から、自分の今の気分に合わせて本を選んだ。川端康成の、<掌の小説>だった。それからみゆきは、ベランダのカーテンを開けて、祈った。なにに対してなのかは彼女にもわからなかった。ただ、みゆきの母は死ぬ間際にこう言ったのだ。
――わたしが逝っても、お祈りは忘れないで。
神様などはなから信じてはいないみゆきだったが、彼女はその習慣を欠かせたことはなかった。それから栄養補助食品を食べ、サプリメントを適当にのみ、彼女は青のハイライトに火をつけた。『それは、労働者のタバコだよ』。だれかの声が遠くからきこえた。彼女はすこしむせて、着替え、化粧もせずに、夜の街へと出ていった。
そこは沖縄の沖縄市。みゆきは十分ほどの暗い路地を歩き、大通りに出た。バス停についた彼女は、アイポッドをとり出して、シャッフルで音楽を流した。大ぶりのヘッドフォンからは、クーニーの<タフなチム>が流れ出した。自分の今の気持ちにはちょうどいいと、みゆきは音量をすこしだけ上げて、ベンチに座り、本を読みはじめた。
<盲目と少女>を読み終わったころ、最終の琉球バスがあらわれた。それにみゆきは乗りこむ。彼女は免許を持っていなかった。客はまばらで、彼女は三駅ほど乗って降りた。
あの熱狂の残り香がある街<コザ>。そこがみゆきの職場だった。声をかけてくる米兵や、母国に帰れなくなってしまった外国人のごろつき、日本人のよっぱらいの声を無視して、彼女は一度も立ち寄ったことのない<ミュージックタウン>を通り過ぎ、ある四階建ての雑居ビルの前に到着した。
「おはようございます」
午後十一時。黒服にあいさつして、みゆきは階段を上がっていった。<関係者以外立ち入り禁止!>とステッカーのはってある銀色のドアを開けて、彼女は中に入った。
「おーみゆきさん。おはよう」
「おはようございます」
煙たい部屋には、雀卓に年齢もまちまちな四人の女性が座っている。奥で、携帯で話している男のがなり声が、前室にも響いていた。だが、それにもみゆきは慣れた様子で自分のロッカーに荷物をいれて、雀卓の近くのパイプいすに腰掛けた。鍵はかけなかった。盗られて困るものはなにもなかった。
みゆきは今日二本目のタバコに火をつけた。彼女は右手の人差し指と中指の奥でフィルターをはさみ、親指ではじいて灰皿に灰をおとした。
「本当なんですよー」
「ははっ。それはしょうがないね。あんた、死ぬよ。リーチ!」
「岬さん、強すぎ」
その様子を、みゆきはぼんやりと見ていた。すると彼女に話が飛んできた。
「みゆきさん、どうします? 幸枝、シャブやめられないってよ」
岬と呼ばれた女性が、みゆきにそう言った。すると、幸枝がうつむいた。やばい。そんな空気が部屋の中に煙とともに漂った。すると、しばらく考えてみゆきは言った。
「やめたければ、やめればいいんじゃないでしょうか」
ピンと、空気が張りつめる。幸枝はみゆきをにらんだ。
「みゆきさん。指名です」
奥でがなっていた男が前室にやってきた。
「はい。どなたですか?」
「龍さんです」
「はーい」
みゆきはフリスクをひとつ噛んで、薄笑いを浮かべ、前室を出た。
「よくあんな男の相手できるよねー」
「本当。信じらんない」
その声はわざとらしく大きく、みゆきの耳に入った。階段を上がる途中、みゆきは止まって空を見た。そのビルは基地の近くで、空は黒ではなく、むらさきががっていて星は見えなかったが、すこしだけ欠けた月が見えた。
「明日は、満月ですかね」
みゆきはそうつぶやいて、軽やかに階段を駆けのぼった。
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