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青い炎【小説】第十話

 移設予定地のゲート前で、反対派と役所の人間がいきりたっている。一触即発の雰囲気の中、参護は広夢とかつき、あや子に目をつけた。
「広夢。偶然とはいえ、このふたりを出会わせるなんて、お前ってほんとにすげーよな」
 いやーと照れている広夢含む三人を連れて、参護は灯台のほうにむかった。
「なるほどなー。武力は的になる。か。さすがヨシさんらしいや」
「でも力の差があったらそうはならないんじゃない?」
 広夢が問う。すると参護は背中を向けたまま話し出した。
「たとえば、自分の隣人がナイフを持ってるとするだろ? そしてうまそうなもの食って生活してるんだ。自分はひもじいのに」
 三人は参護の話に耳をかたむける。
「ある日、ついに空腹が限界にきたら、相手がナイフを持っていようが、襲い掛かるはずだ。人間食わなきゃ生きていけないからな。そして運よく腹減ったほうが勝っちまったら、そいつはナイフと裕福な暮らしと隣人からの妬みを手にいれるのさ。戦争の歴史はそうやって繰り返されていくんだ。おっ、いたいた」
 参護が早足になる。三人も後を追った。
「よ。森のおっちゃん」
「……参護か、どのつら下げて帰ってきた」
「このつら。それよか森さん、寂しいじゃん集会にこないなんてさ」
「おれは灯台守だ。それ以上でも以下でもない。この島がどうなろうと興味はない。中立でなければこの仕事はできん」
「じゃあ、ここを通さないつもり?」
 つばぜり合いのような一瞬の間があって、森はゆっくりと口をひらいた。
「つぎの就職先を探さんとな」
 そう言って森はゲートをあけ、四人を通した。そして自分は海に釣り竿を垂らした。
「森さん、いつかなんらかの形で、この恩は返させてもらいます」
 参護が真面目な顔で言う。
「期待せず待っておくよ」
「さ、行くぞー」
 意気揚々と歩く四人。しかし、それを出迎えたのは厳重なバリケードだった。
「参護にーにー、どうやって御嶽まで行く?」
「いいかー、ストレッチは大事だぞー」
「「「え」」」
 参護がふり返る。キョトンとした顔で。
「え。泳ぐしか、ないだろー」
「にーにー。ノープラン?」
「当たり前だ。おれは今朝きたばかりだぞ。自信を持って言える。準備不足だったと!」
 落胆する三人にさわやかに笑って見せて、背中にしょった大げさなリュックからゴムボートと足で踏んで空気を送るタイプの空気入れをとり出した。
「おおー! さすがにーにー!」
 なにが「さすが」だ。とかつきは思った。あや子を見る。あや子は不安げにかつきを見た。かつきはかたをすくめる。ゴムボートが膨らむまでには時間がかかった。すると、参護が灯台までもどって帰ってきた。
「やっぱ森さんはいいひとだ」
 参護は大きな袋を抱えて戻ってくると、開口一番にそう言い袋を広げた。ぶかっこうなおにぎりと、安物のお茶がはいっている。それで、とりあえず昼をやり過ごした。
昼食後、ゴムボートが膨らむと、それを海に投げ、参護と広夢は飛びこんだ。水しぶきに、あや子はすこしたじろいだ。
「かつき」
「あや子、行くしか、ないみたい」
 あや子は口を強く結んで、手を伸ばした。かつきは手をつないで、エメラルドグリーンに飛んだ。
 あや子は驚いた。光の屈折でサンゴのリーフが美しかったから。泳ぐ魚は南の島らしく、カラフルに反射して輝いている。
 水面から顔を出すと、ゴムボートにはもう先にふたりが乗りこんでいた。あや子から先に、引っぱりあげられた。
――あ。
 かつきは前を泳ぐ影があるのに気づいた。ゴンドウだ。かつきは、広夢が冗談交じりに言う「海の呼吸」を感じた気がした。
「よし、行くぞ!」
 折りたたみのちいさなパドルをこいで、御嶽を目指す。海岸沿いには大型の重機が、正面ゲート前で警官隊と過激派のもみあいにのまれて、立ち往生している。
「よし、とりあえず先回りできたっぽいな」
 すると、あや子は身を乗り出してまた海の世界を除いた。
「泳ぐかい?」
 参護のカバンから使いこまれたシュノーケルがふたつ出てきた。広夢はゴンドウとじゃれている。あや子はかつきを再び見た。かつきがうなずいた。
 海の中は、まるで異世界。黄色と黒の縞のツノダシや、青さが美しいホンソメワケベラなどがサンゴから顔を出し、イソギンチャクの森でハマクマノミが踊っている。その日は台風の去ったあととは思えないほど風が優しく、波も穏やかだった。三人は夕暮れまで時間を忘れ、楽しんだ。参護は海岸にちいさなテントをたて、リュックとは別に持っていたクーラーボックスから、あまり冷えていない安ビールをとり出してのんでいた。嵐の前の静けさだった。

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