コザの夜に抱かれて 第22話
ピンポーン
みゆきが自宅で寝転びながら雑誌、<モモト>を読んでいると、何年かぶりにインターフォンが鳴った。
みゆきの自宅を知っている人間はひとりしかいない。みゆきは飛びあがって、すこし早足で玄関へむかう。ドアを開けると、やはり彼女の想像通りの人物が立っていた。
ヒッピーのような、上下ゆるい白の服に、長いひげ。長い髪はうしろで束ねている。
「やっぱり、参護さんでしたね」
「ああ。あがらせてもらっていいか?」
「どうぞ」
腰にパチカをぶら下げた男は、なれたように本棚の前、客人用の座布団に座った。
「しにきたんですか?」
「風呂借りよーと思ってな」
パタパタと少女のような笑顔で、みゆきはボイラーのスイッチをいれた。参護は<カナビス・フリー>に火をつけて本棚を眺めている。
それからふたりは風呂が四十度に沸くまで、無言でタバコを吸いながら、音楽を聴いていた。しばらくして、風呂が沸く。それをバスタブに溜める。
「背中、流しましょうか?」
「ああ、そのつもりできた」
みゆきは服を脱ごうとした。それを見て参護は言った。
「いいよ。今日はそんなつもりじゃないんだ。話がしたい」
そう冷たく言われて、みゆきは再びTシャツに袖を通した。
狭い風呂場で、参護のからだを彼女は洗ってやる。先に口を開いたのは参護だった。
「元気にしてたか?」
「ええ」
「肝臓はどうなんだ?」
「もう、ダメみたいです」
参護がピクリ、と動く。みゆきは彼のこころを傷つけてしまったのを、ボディーソープで香る背中から感じた。
「……そうか。おれが思うに、人生ってのは長さじゃないんだ。どれだけ濃密だったか。なにを残したか。これだと思うんだ」
「ええ」
それだけを言うと参護は黙りこんだ。次はみゆきが口を開いた。
「仕事はどうです?」
「大変だよ。関係ない人間を何とか動かそうとすると、グラウンドを百周しなきゃいけないんだ。そうすれば、最初は悪ふざけでも、一周つき合ってくれるやつが必ず現れる。」
「……はい」
「何度立ち止まってもいいんだ。時にはうしろを振り返らなくてはいけないこともあるだろう。それでいいんだ。問題は百周すると決めたからには、それまで走り続けることなんだ」
「ええ」
「ストライキ中だったか?」
「はい」
「岬には絶対に店を出るなと言っておいてくれ」
「どうしてです?」
「あいつの男がドジ踏んだみたいで、<和羅漢(わらかん)>が岬を探してる」
「……そうなんですね」
「ああ、戦争は嫌だからな。幸枝とタコ社長のことはまかせろ。あと二日あればなんとかなる」
「さっすが<賢者>!」
「やめてくれよ<賢人会議>ではおれは一番下っ端なんだ」
左手を洗われている参護がすこし不快な顔をした。
「話は変わるが人生は一度だ。だからやってはいけないことも、言ってはいけないこともないんだ。好き勝手に生きないとな。」
「はい」
「だから、吸いたければ吸えばいいし、のみたければのめばいい」
「ええ」
「それでも、最後は病院なんかじゃなく、ゆっくりしたいなら、おれのやってるヒッピー村にくるといい」
「わかりました」
陰部以外、みゆきは彼を洗ってやった。
「もういいぞ」
「はい。ゆっくりしていってください」
みゆきが白い湯気が満たす室内をあとにしようとした。すると、背中越しに参護は言った。
「もう、踊らないのか?」
「……もう、踊れないんです」
「そうか」
それだけの会話。しかし、ふたりには大切な会話だった。橙色の豆球に彩られた室内で参護は陰部を洗い、バスタブにつかった。バブのにおいがした。
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