【小説】夜を編ム 2.首に猫-2
「よ、またたび」
「あ、カナデさん。ちーす」
猫じゃらしにカナデが来ていた。またたびは施術室に招く。
「どんな感じっすか?」
服を脱いで、カナデはわき腹の麻の和紋を見せる。スジ彫りはもう終わっている。
「皮がむけて大変。ほら、今年の春って乾燥してるじゃない?」
「痛いっすねー」
「でもいいわ。久しぶりのこの感じ」
「感じ?」
施術台に横になるカナデ。不敵に嗤っている。またたびは視線を交わさずに、準備している。
「すれ違うひとは、だれもわたしが痛みや痒みを感じているなんて知らない。そういう秘匿感がいいのよ。これはある種のエロだわ。気持ちよくてやんなっちゃう」
またたびは苦笑して、マシンにインクを吸わせる。
「じゃあ、今日は麻の葉紋の中を黒ベタでやっていきます。それから全体的なぼかしをいれていきますね」
「はい」
「お願いしまーす」
ビイイ、と機械音が室内に響く。彫りながら、出てくる血を濡れティッシュでふきとる。インクもにじんで白かったそれは赤黒くなる。
「だれかに見せたっすか?」
「“旦那”には」
「なにか言ってました?」
「鬼滅じゃんと」
ぷっとまたたびは笑ってしまう。影響力すごいですねー、と付け加えた。
ここではラジオが流れている。カナデがくるのは深夜のため、音楽番組がやっている。
「カナデさんはラジオには手出さない感じっすか?」
「それが今ちょうど話があるのよね」
へー。またたびが言う。和紋は幾何学的なため、バランスをとるのが難しい、ひとつのズレが全体の違和感になってしまう。集中していた。
「若手作家さんのラジオドラマの演出をたのまれたわ」
「そうなんすね」
「ええ、シンシアに声やってもらおうかな、と」
「ははっ。あいつ酒やけっすよ」
「あら、それがいいんじゃない」
そっすかー? 笑いながら、またたびは手を止め、血をふいてから遠くから見る。すこし、その作品は粉まぶしたようにところどころ、彼女独特の入れ墨になっていっている。
「で、死神博士はなんて?」
「自分の本に従うことを条件に、カナデの介入を認めてくれたわ」
「でも、書き換えるんですよね?」
「そうね、売れもしない舞台なんてやるつもりはさらさらないわ」
そう言ってカナデは嗤った。
「参加が決まった段階で、わたしにも責任がある。それを盾に意見は言わせてもらうわ」
「どんな手を使ったんすか?」
カナデは何も言わない。しかし、ぴんとはった空気に気づいて、またたびはカナデを見た。彼女はなにもいわないが嗤っている。どんな交渉があったかはまたたびにはわからなかったが、深入りはしないでおこうと思った。おっかないからだ。
「旦那さんは次、いつこれますか?」
「さあ、あのひとのプライベートはわからないわ」
「そうすか」
「猫ちゃんは元気ですか?」
「ええ」
金魚は鉢の中の世界で優雅に泳いでいる。ぴちょん、と水面がはねた。
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