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【小説】夜を編ム 1.赤い目-2

そこは、【深夜喫茶 井口】。とにもかくにも“黒い”店内。
「あらイタチちゃん」
 店主の井口優紀がキッチンに立っていた。彼女は愛知県は豊橋市出身で、旅の途中沖縄に寄った際にこの街を気に入り移住してきたのだ。そこは深夜にしか開いていない喫茶店。しかしこの街は眠らないので問題はない。
「コーヒーとレモネード。あとカレーと、食後にショコラのケーキを」
「かしこまりました」
 イタチは店の隅にあるちいさな本棚から『100万回生きた猫』を取りだし読み始めた。死神博士はiPadとキーボードを広げ、文章を書きだす。キッチンでは優紀がカレーを温め直している。
 カランカランと真鍮のベルが鳴り、耳ピアスをこれでもか! と開けた女性が入ってくる。
「シンシア!」
 イタチが叫ぶ。シンシアと呼ばれた女性は両手を広げた。その胸にイタチは飛び込む。
「熱烈なあいさつね」
 優紀がほほえむ。シンシアは博士を見た。
「よっ。死神博士」
「またお前か」
「悪かったね、ここには、ほかにタバコ吸えて夜開いてる店がキャバクラしかないもんで」
 コーヒー。シンシアは優紀に言うと、腰にイタチをぶら下げたまま、カウンターに座った。メビウスに火をつけた。死神博士もタバコに火をつけ、iPadをロックしてシンシアのとなりに腰を落ち着けた。
「また舞台の脚本書いてるの?」
「ああ」
「黒字?」
「まあまあの赤字」
 マジ? シンシアがバカにしてない微笑みを見せた。それは親愛のものだった。
「あたし、裸なろうか?」
「やめてくれ、客が逃げる」
「イタも裸なる!」
 シンシアは落ち着いた口調でやめときな、と諭した。唇を尖らせてイタチは、彼女にはすこし座高の高いイスで足をぶらぶらさせている。すると、この店自慢のーー唯一ごはんらしいごはんのココナッツカレーが出てきた。イタチは銀のスプーンに目をきらりとさせ、その黄色の海で白い陸地をわって口に入れる。んー! 言いようのない沈黙の悲鳴が、彼女の骨だけを鳴らす。
「でも、イタチを出すのも、いーかもよ」
 シンシアが嘯いた。死神博士が首を後ろに反らす。
「それは俺も考えた。あんな子、滅多にいない。でも、責任がとれない」
「だよねー」
 シンシアはイタチの髪を撫でた。雨に洗われたそれは、冷たくしっとりとしていた。
「エヴァは?」
「さあ、最近は連絡とってないな」
「げ、ほったらかし?」
「いーだろ別に」
 まあ、別にいーけどさ。シンシアはまだ温いブラックコーヒーをすすった。それは人生の味とよく似ていて、深くて、苦かった。
 再びベルが鳴る。そこに入ってきたのは赤い髪の女性だった。
「またたび!」
 カレーを食べ終えたイタチが、またたびという女性に抱きつく。
 女性は赤い髪に赤いしじら織りのパンツ。肩を出したTシャツに黒の着流しを羽織っている。ブルマン。優紀がうなずく。
「またたびさん、今日LiSAコーデっすね」
「あっちがパクってんよ」
 またたびは1番奥のカウンター席に座った。腕には赤と黒を基調にした豪奢な花が咲いている。それを見て、イタチは嬉しそうに腕にすりすりする。やめろよ。またたびが言うとイタチは悪戯っぽい顔で、笑った。またたびは巾着袋からキセルをとり出しハッパを詰めて吸いはじめた。その姿はサマになっていて、シンシアは女性なのに見とれてしまう。
「あたしには、いつ入れてくれるんですか?」
「まとまった金ができたら、店にこいや」
 またたびは京都で“針鼠”というタトゥーショップの彫り師だ。今は出張ということで沖縄で“猫じゃらし“という小さな入れ墨屋の一部を間借りして、腕を磨いている。赤と黒を使い分け、独特な浮世絵や和彫りを得意としている。作品が粉ふいたように見えるから“またたび”。反社にも人気がある。
「そうだ、イタチに入れてやったら」
「こいつにそこまで判断できる脳みそあるけ?」
 一理ある。博士が呟くと。シンシアは恨めしそうに睨んだ。
「でも、うちはめっちゃ好きやでイタチ」
「うちもやで」
 イタチがまたたびの口調を真似する。またたびは満足げに声を出して笑い、イタチの髪をクシャクシャっと撫でてやる。
「イタチ、こんな腕なりたいけ?」
「うん。キレー。とっても」
「痛いで」
「大丈夫」
 カッカッカとまたたびが笑う。彼女は火種を灰皿に落とした。
「20歳超えたらな。お、こんな時間や。うち夜勤やねん」
「帰るのー? またたび」
「ここへは一服しにきただけ。ほなな。イタチ」
 猫じゃらしは、24時間、台風の日、それも暴風警報の出るほどのでかいやつがきているとき以外は空いている。
「ごっそさん」
 カウンターに500円置くと。またたびは風のようにいなくなった。
 死神博士がシンシアに問う。
「本当に入れるのか?」
「チビたちが高校入るまではね」
「そういえばお前弟たち養子にしたって本当か?」
 シンシアは何も答えずに白い息を吐いた。イタチはケーキに夢中だ。
 それから三人は【井口】で各々の時間を過ごした。


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Asha Wakugami
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