地球は彼女を飾って【小説】第二話
優花の母親がいなくなって一か月がたった。そのあいだ、トニーの母親も帰って来なかった。優花は荷物をまとめ、家賃滞納の実家から、トニーの家にやってきた。彼の顔の広さは優花にもありがたく、満腹にはいかないが、その日をしのげるだけの飯はあった。あとはふたりでガスをやったり、酒をのんだりして過ごしていた。
そんな生活が一か月たったころ、やっとというか、とうとうというか、ふたりが暮らす家に張がやってきた。
「優花はいい。トニー、お前の親はおれの金をもって逃げた。それがどういうことかわかるな?」
トニーは黙って下を向いたまま応えない。張が吸う葉巻の匂いは部屋に充満し、タバコを吸わない優花には煙たかった。
「お前を少年兵として買ってくれるところや、臓器目当てで買ってくれるところなんていくらでもあるんだ。」
「ちょっと待ちなさいよ!」
張がトニーの顔をのぞきこんでいると、優花は声をあげた。場に緊張が張りつめる。張の鋭い目が、優花に訴えてくる。好きでこんなことやってるんじゃないんだと。そしてそれを感じた優花はこう言った。
「わかったわ。わたしが彼のかわりに働きに出る。」
なんてことを言うんだ。そんな空気が、トニー家の狭い居間に広がった。
「優花、お前がおれの下について働くのか? こいつの親の借金のためだぞ?」
「構わないわ。この暮らしを守れるのならね。」
トニーが優花のスカートのすそを引っ張る。
「優花!自分がなに言ってるのかわかってるのか? 娼婦になるんだぞ!」
「でも、わたしにはあなたが必要なのよね。」
張は目頭を押さえた。こんな幼い少女を、自分が回している汚い商売に招き入れることの罪をあえいで。しかし、ほかに手段はないように思えた。そしてその優花の強いまなざしには、覚悟が見てとれた。いいだろう。張は冷静にこう言った。
「娼婦の仕事では、処女がいいもうけになるんだ。」
張はイスにすわり、再び葉巻に火を灯してから、さとすようにこう言った。
「でもお前はいい。好きな男にでも処女を奪ってもらうんだな。そして、覚悟ができたならおれの下で働いてもらう。」
「覚悟なんて!」
もうできている。そう優花は叫んだ。しかし張はなにも言わずに出て行った。
居間にはトニーと優花だけ取り残された。張りつめていた空気は、所在なく部屋の四隅に染み入って消えた。
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