コザの夜に抱かれて 第2話
「みゆきちゃん。気持ちよかった?」
「ええ。とっても」
龍の背中をみゆきは洗ってやっていた。ひと汗かいたあとだったから。
「みゆきちゃんはほんと素直でかわいいなー。うちの娘とは大違いだ」
「どうしてですか?」
男は振り返ってみゆきのからだを洗いはじめた。彼女は抵抗しない。いつものことだったから。しばらくシャワーの音と湯気がその場を包みこんだ。水が排水口へ渦を描きながら流れていく。
「また同じ愚痴になっちゃうんだけど、最近娘が喋ってくれなくてね。せっかく大学も出して、就職先も決めてやったのに、いつの間にかやめちゃって」
「うん」
「髪まで金色にしちゃって、ははっ。ぼくはいつ外人の子をつくったのかな?」
それを聞いても、みゆきはなにも言わない。薄く笑い、シャワーノズルをとって、龍のからだを洗ってやる。またすこしだけ、ふたりは無言になった。先に喋ったのは、やはり龍だった。
「昔はよかったな……。なんて、こんなこと言うとジジイみたいだよね。あんなに素直でかわいかったのに。――妻も」
そこで龍は言葉を区切った。みゆきはそうなることをこれからの経験でわかっていた。
「――今じゃおれは金を稼ぐだけの生物だと思われてるんだ。夜もごぶさただし、なにか頼み事をすると、必ずひとつ舌打ちが返ってくるんだ。虫けら同然だよ。子どもが大きくなってからは、料理のひとつもまともにしない。好きだったのにな。おれが仕事をするから家庭が保ててるってのに」
「……どうなんですか? タクシーのお仕事は?」
みゆきは涙ぐむ龍の肩に自分の肩をよせて、そっと微笑んだ。
「ごめん! また暗い話になっちゃったね。タクシーの仕事もさっぱりだよ。こんな時代だ。英語や中国語のできないタクシー運転手には、たいした額は稼げないよ。でも緊張状態がとけたらまた、内地からの観光客も増えると思うんだけど」
龍のからだの泡を綺麗に洗い流し、みゆきはすっかり髪の薄くなった頭からタオルでふいてやる。強くなく、やさしすぎず。
「ほんとにみゆきちゃんが娘だったらなあ……」
「いいですよ。なってもいいんでしたら」
龍はきょとんとした顔でみゆきを見た。
「パーパ」
龍はようやく笑った。みゆきも口を皿のような三日月にした。
「ちょっと水っぽいけど、みゆきちゃんが言うと癒されるなあ。そうだ! 娘なんだし、たまにはお小遣いをあげようね」
そう言って龍はボロボロのノーブランドのリュックから財布をとり出した。中身を見て、二秒固まったが、みゆきの目の前に五千円札を突き出した。
「今手持ちがすくないから、これで」
「ありがとう。パパ」
みゆきはお礼を言った。くしゃくしゃの五千円札。それを両手で受け取った。龍は、ありがとう、と言われてすこし照れ臭そうに笑った。みゆきはそれを自分の服の上に置いて、龍のからだをふいてやった。ふたりはその部屋では、それ以上なにも喋らなかった
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