世代間対立を煽るのは無意味で醜い
ふと、「俳句は好きですか」と聞かれた。高齢のがん患者のかたに、車で駅まで送ってもらうなかのことだった。
「人並みにすきです」と答えたあと、好きな俳人を聞かれて石田波郷と答えた。長髪の若年者が、古い俳人を答えたことが嬉しかったのか、なかでも好きな俳句はあるのかと前のめりに問われた。しかし、病床に伏していた時期の石田波郷の俳句しか思い浮かばなかった。
七夕竹惜命の文字隠れなし
七夕に、みんながそれぞれの希望を願うなか、命が惜しいと正直な願いを短冊に託したという、痛切な俳句である。
この俳句をつらい抗がん剤治療を受けているひとに伝えて、不快な思いをしないだろうかと思った。いつまでも黙っていると、運転席から視線を感じる。沈黙に耐えきれず、前述の俳句を諳んじた。
相手がどんな顔をしているのか見ることができなかった。目の前には畑が広がっていた。東京にも畑があることを、上京したての頃は驚いたことを思い出した。
幸い、その後も楽しそう俳句の話をしてくれて安心した。ちらりと横顔を見ると、くしゃくしゃの笑顔だった。当たり前だけど、症状などについて聞いているときにはなかった表情だ。
揚雲雀空のまん中ここよここよ
好きな俳句を教えてくれた。正木ゆう子という俳人の句らしい。
雲雀が宙にとどまって飛んでいるところを見たことありますか?ときかれて曖昧に頷いた。「あれを見ると、この句のことを思い出すんですよ。ここよここよって。」それから、雲雀の生態について、情景の美しさについて、丁寧に解説してくれた。
好きな俳句は、こうやって魅力を伝えたらいいのかと学んだ。少年期のYouTuberが「人生は勉強や!」と、しきりに言っていたことを思いだした。
「若いっていいですね。私が俳句をはじめたのが六十歳のころで、こういう俳句は若い感性からしか生まれないから、もうすこしはやく始めればよかったです」と、運転席で楽しそうに笑っていた。
車から降りて、送ってくれた礼を述べたあと、駅を歩いていると老若男女さまざまなひととすれ違う。それぞれに、それぞれの人生があることに感動する。ここよ、ここよ、と呟きながら改札を潜った。