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松林のほとりで(掌編小説)

今日は土曜日で仕事も半日で終えた。一日じゅう家の中にいても、知人の訃報の件で気分が上らないから、仲間の出力過剰T君に電話をかけ、午後に自転車で合流した。

私はランドナー、彼はエキストラなファットタイヤを履くバイクである。どこかでコーヒーを淹れようということで、そのための荷物を持って海岸線に沿ってペダルを回した。

昼過ぎまでは暖かい日であったが、夕方に近付くと少し日も翳り、風も出てきた。私たちは松籟が響く松林の傍らの堤防の上で、店開きした。

T君がコーヒーとマイカップと私のケトルをザックで持ち、私は水とシングルストーブとガス缶、マイカップとポット代わりのコッヘルを運んだ。結局コッヘルを使う必要はなかったんだけど。

ガスに点火した頃には風が強くなりかけていたものの、プリムスの直噴型ストーブはほとんど影響なく湯を沸かすことができた。

そして二人でコーヒーを飲んだ。旨かった。こんなことをやるのも本当に久しぶりなのだ。

いつもは双眼鏡を持ってくるT君も、荷物がフロントバッグ一杯になってしまった私も、今日は双眼鏡を持参しなかった。

岬に似た地形をしている海岸ばたなので、沖では強い西風で白波が立っているが、手前は風裏になってやや凪いでいる。

上空にはトンビが舞っていた。夕方になるとこの半島の先端近くにはトンビが集まるのだ。それを見てT君が「一日トンビを見ているのもいいなあ」と呟いた。

波打ち際から少し沖のところには、黒い水鳥が浮かんでいる。その辺りは風も出てきたのに、油を流したように強い波がない。見ているうちに水鳥は水面下に潜って狩りをしようとした。

ほどなくして水鳥はたぶんウミウであることが分かった。双眼鏡がないので二人とも当てずっぽうを決め込んだ。

風は松の葉を鳴らした。堤防の上を三々五々人々が歩いてきて、また去って行った。

富士山は裾野の部分しか見えず、あとは雲に隠れていた。伊豆半島は蒼い影で横たわり、水平線に近いところは白く靄で霞んでいた。

夕方の最後の便のフェリーが土肥に向かって走っていき、やがてその輪郭が遠い海面に飲み込まれそうになっていった。

この世ではあらゆるものが流れ去り、遠ざかり、過ぎ去ってゆく。

それでも、たとえそうであったとしても、つい数日前に訃報を受け取った友人も、そして私も、不滅のものをどこかに追い求めて生きてきたのだ。

目の前にあるものはいずれは消え去る。消えないものはこの地上を超えた世界にしかない。知人と私は、それを言葉に出して語り合ったことはないけれど、互いに同意していたと信じている。

その点で、私たちは同志だった。

雲がやってきて、風はさらに強くなった。T君と私は道具を片付けてその場所を離れた。

帰りは、昔からあった半島の旧い道と、できたばかりの新しい道を交互に辿って進んだ。

私の家の近くまで来た時に別れを告げると、「ここで帰っちゃっていいんですか」とT君が言う。

「だってあとは予定があるんだろ。そう言ってたじゃないか」

「本当にこのまま帰っていいんですか」とうれしそうにまたT君が言う。

「何かあったっけ。……あ、ケトルを返してもらわなきゃな」

私の家の前まで自転車を寄せてから、私はT君のザックの中に預かってもらっていたケトルを受け取った。少しばかり世間話をして、夕刻が近付く中で帰っていくT君を見送った。

そうして私は自分の部屋に戻り、しばらくしてからもう一度プリムスのシングルストーブを取り出してガス缶につなぎ、湯を沸かしてコーヒーの二杯目を飲んだ。

それから私は、亡くなった友人が好きだった曲を何曲か聴いた。

                               (了)


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白鳥和也/自転車文学研究室
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