アイスダンスの天才ペア
それはもう38年も前のことになる。1984年のサラエボ冬季オリンピック。イギリス代表のジェーン・トーヴィルとクリストファー・ディーンのペア(トーヴィル&ディーン)は、アイスダンスのフリー演技で歴史的なパフォーマンスを行った。
ラヴェルの「ボレロ」に乗せて(この曲を選ぶこと自体、非常に挑戦的だが)行われた演技は、技術点(テクニカル・ポイント)ではほぼ満点に近いスコアを叩き出し、芸術点(アーティスティック・インプレッション)では審査員全員の6.0がずらりと並ぶ、満点を獲得した。
しかしトーヴィル&ディーンの偉業は単に異常な高得点でサラエボの金メダルを得たことだけにとどまらなかった。彼らはアイスダンスの歴史を変えたのだ。
それまでのアイスダンスは、良くも悪しくも社交ダンスの延長線上にあり、芸術的表現という点で傑出した演技が行われることはほとんどなかった。優美さや華やかさが主眼なのであって、人間的な苦悩や愛憎の表現というようなものからは遠かった。
トーヴィル&ディーンは、社交ダンスの氷上版といった趣の強かったそれまでのアイスダンスを、芸術的な舞踏の領域にまで高めた。単なる美しさや華麗さだけではなく、より内面的なエネルギーやオーラを描き出すことに成功した。
現在のアイスダンスは昨日行われた北京オリンピックの決勝のように、技術的には一層進化しているが、芸術的表現という点においてはトーヴィル&ディーンの達成した偉業の域を著しく超えるものではない。
アイスダンスのペアは私生活においてもカップルであることが多いが、トーヴィル&ディーンは違う。この点を見ても、「表現」「フィクション」という点に独特のものを感じてしまうのだ。最高の演技とは、最高の「嘘」である可能性がある。
それにしてもサラエボオリンピックがもう38年前のことだとは恐れ入る。当時私は20代の前半で、彼らの演技を食い入るようにテレビの画面で見つめていた。「ボレロ」の演技は絶句するほど素晴らしかったが、エキシビションで行われたフランス映画風の演技もまた絶品であった。
以下のリンクは、1994年のリレハンメルオリンピックで銅メダルを獲得したトーヴィル&ディーンのエキシビション演技で、1984年のサラエボの再演でもある。この動画を見ると、技術が変化しても、卓越した芸術的表現というものが決して古びないことが実感される。