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来年の目標が現れた日  558

「日曜だけどー!忘れないようにー!」なんて言いながらゴミ出しをした今朝。
ちょっと「ほんまに今日なんかな…」なんてことが頭をよぎりながらだったけどね…。

そう、この辺りでは今年は今日でごみ収集が最後ということなのだけど…
わざわざ日曜日に回収日を割り当ててくれているってことなのだ。
カレンダー通りでしれっとお休みしといてもよさそうなのに…とも思ったのだけど、それでいくと年明けの回収の時が恐ろしいことになるのかも?なんてことにも気づき、なるほど納得している。
とにかく、この心遣いがありがたいよねぇ…とただただ享受させてもらい続けているわけだけど。

こういう盆正月だったり、世の中の人の流れが大きくなる時、必ずそこにはその流れを支えてくれているというか、流れを流れとして流してくれているたくさんの人がいるってことなんだよね…なんて思う。

帰省ラッシュだって、その後ろには空港のスタッフから飛行機飛ばしてくれる人までいてくれてこそ成り立つわけで。
空港までのバスだって、そこまでの電車やタクシーだって同じこと。
車で島に帰省してくる人たちだって多いけど、それだって高速道路関係の人たちから、お土産屋さんの人、食べ物屋さんの人、薬局だって酒屋さんだって、数えきれない人たちの働きにそれぞれ支えてもらって帰ってこれているってことで。

じゃあ、その人達って一体どういうタイミングで冬休みを取るんだろう?
なんていう妄想は毎年の恒例。


でも、今年のわたしはもう一歩踏み込んでいた。
日にちをズラしてお休みを取れたとして…ちゃんと「休め」てるんだろうか、みんな…なんてことを思ったのだ。

「ちゃんと」なんて書くと「会社は十分な日数お休みをくれてるのっ?」みたいなケンカ腰に聞こえちゃうけど、そうじゃなくて。
「お休み=リカバー」できてる人はどのくらいいるんだろう?ってことなのだ。


わたしは学生の頃から休みになるととにかく寝たかった。
働き出してからは、もはや休みの日に出かけると「で、その分はどこで体力補給できるのさ?」ってくらい日常で削れていた。

「もう今の世の中そんな不健全な人はいないよー」なんて世の中になってたらいいのだけど…おそらくそんなでもない感じがしてるので、こんな妄想という名のおせっかいな想像をしているのだ。


休み明けに元気だった人は「発散」がうまくいった人か「充電」がうまくいった人のように今までは観察していたのだけど…今朝のゴミ捨てを思い返しながら
「いや、きっと『その前』だわ…」
なんて思った。

わたしは今朝のゴミ捨てを、まぁまぁのプレッシャーというか緊張感で「忘れないように」と繰り返し思い返していた。
イレギュラーのことを忘れてしまう、その習性はまぁいい。
それをカバーするべくメモを書いても…そのメモを見忘れるような人間なので、朝のぼんやりした時の自分なんて尚のこと信用ならない。

寝る前に「明日の朝は…」なんて繰り返すも「こんなことしてまでやることなのか?」なんて思いも顔を出す。
まぁそれもしょうがないとして…。


これって自分で「緊張」を作ってるってことで、決してごみ収集に緊張を強いられているわけじゃないんだよね。
「ゴミ出しを忘れたくない」欲から、それを「達成しなければっ」みたいなプレッシャーへと変質させているのは誰でもないわたしで。

こういうことを日常のそこここで無意識にやっているわたしと、そういうmade by わたしの緊張がない人とでは…きっと休み明けが違うんだ。
そう、「その前」って日常の過ごし方、もとい「捉え方」じゃないかと着地したのだ。


そして、その緊張した日常の過ごし方はアドレナリンをモリモリに使った過ごし方だから、休日に入ったり、用事が終わった途端ガクッと電池切れが起こって熱出したりダウンしたりしちゃうんだよね…。
思い返せば小さい頃から変わってないわ、そのパターン…ということにも気づく。


ということは、いかにアドレナリンを出さずに日常を送るか=緊張を作らずに日常を送るかってところが目指すところ。

そうすると…来年の目標はコレになりそうだな。
いかにアドレナリンを出さずに機嫌よく日常を過ごすか!

自分で自分にプレッシャーをかけない
でも、日常のオペレーションは滞らない
…いやはや、パズルかクイズみたいじゃないのw
でも、この走らせ方もこの年末年始であーでもこーでもと考えてみたらいいよねーなんて思うと、なんかおもしろくなってきた。

年末もモリモリに押し迫ってから来年の目標がひとつ見つかるなんて、楽しい日だったかも…なんて思った日曜日の夜でした。




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