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野崎りこん『Love Sweet Dream LP』が好きな理由。

このアルバムは一言で表現しにくい。
野崎りこんが掴みどころがないのに、耳に残る言葉や音楽をつくる人だからだ。
それでも無理やり言葉にするなら、デビュー作『野崎爆発』(2017)で感じた魅力をそのままに、より深く広く進んだのが本作『Love Sweet Dream LP』(2019)だと思う。

野崎りこんの魅力は大きく3つある。

1.固有名詞が多いのに余白を感じられるところ。
2.ラップ・リーディング・メロディの行き来が自由なところ。
3.オタクでもラッパーでもない境界線が曖昧なところ。

今回はこの3つの視点から、本作でさらに進化した野崎りこんの魅力について書いていきたい。

1.固有名詞が多いのに余白を感じられるところ。

HIPHOPのリリックとポップスの歌詞の大きな違いとして、固有名詞の多さがよく挙げられる。
多くの人に対して類似体験をもとに感情移入を誘うハコ的機能を担うポップスの場合、出来るだけイメージが固定される固有名詞を避けて抽象的に表現することが多い。
一方でHIPHOPの場合、自分の体験を提示して共感や親近感を得る構造の曲が多い為、具体性を高める固有名詞が多く使われる。

野崎りこんの曲の場合、アンダーグラウンドなHIPHOP界隈〜アニメ・ゲーム、さらには邦画やロキノン系からの固有名詞が頻出する。
おもしろいと感じるのは、それらの単語が野崎りこんの嗜好を説明する役割だけではなく、同じ文化を通ってきたという合言葉的な響きを感じるところだ。
感情移入や共感、親近感というより連帯感というように。その距離感がとても心地いい。

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2.ラップ・リーディング・メロディの行き来が自由なところ。

私自身がHIPHOPに詳しくないのであくまでも大雑把な感覚的なものだが、多くの日本語HIPHOP曲では

ラップ…ビートに対して韻を踏んだり緩急をつけて音楽的な流れ(フロウ)を作ること
リーディング…ビートは意識しながらも口語寄りに言葉を置くこと
メロディ…ポップスと同様に音程をつけた歌唱のこと。主にHook(ポップスでいうサビ)部分で用いられる

という3つの歌唱法が用いられる。
そして野崎りこんは一曲の中でこれらを巧みに組み合わせることが多い。例えば、アルバム8曲目の『OATH』は一曲の中でこの3つの要素全てが用いられていてわかりやすい。

非音楽的な口語に近いリーディングと、畳みかけるようなラップが奇を付くように入れ替わる。
そしてHookでは耳に残るキャッチーなメロディが顔を出す。この違和感の少ないシームレスさが素晴らしいと思う。加えてそのどれもが単体での完成度が高い。
中でもメロディは、特に魅力的だ。彼がサンプリングで組まれたビートの曲をニコニコ動画に投稿していた頃から、元曲とは全く異なるメロディラインなのに、無理がなくハマっている曲が多くのが印象的だった。

3.オタクでもラッパーでもない境界線が曖昧なところ。

※ここでの『ラッパー』は旧世代的な所謂B-BOY的なイメージのことです。

1.の項目でも書いたが、引用される固有名詞の幅が広いのも野崎りこんの魅力のひとつだ。

朝っぱらから友達の家に集合し 一日中スマブラとテイルズをやる/Pinky Cloud Castle
桐島がやめたって気にしないおれは 前田みたく好きにやるだけ
きのこ帝国とDOOMを配合/Yo
ピカチュウ カイリュウ ヤドランでピジョン みたいな感じ 結末の決められたビジョン/Out of the Loop

こうした固有名詞は枚挙にいとまがない。おそらくは00年代に学生時代を過ごし、ゲームの進化やネットの普及と共に過ごしてきた世代なのだと思う。
特に良いなと感じるのが、こういう固有名詞がどちらかと言うとサブカル寄りだが、所謂オタラップ的な列挙や、知識マウンティングのようではないところだ。またリリックの中で文脈を問わず奇を突くように登場するところが、掴みどころがないという印象に繋がっていると思う。

野崎りこんは、過度に寄り添ったり、何かを煽ったり、大声を上げることをしない。ただそこにある感情や風景や出来事を伝える。写真や記録映像のように掴みどころがなく、それでいてとても惹きつけられる。

こういう音楽があることが、ただ嬉しい。

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