大学の無償化(無料化)によるグローバリズムの教育コントロール
学費を学生側が払っているなら、大学側は当然のことながら学生に対して謙虚な姿勢で臨む。
共産主義的なコントロールをしていたとしても無茶なことは出来ず、学生が「集まらなくなる」ようなことはしない。
だが、無償化(無料化)となれば大学の資金源は何処になる?
税金であり、企業からの研究費などとなるわけである。
そうなると、大学は国や都道府県には逆らえなくなり、そこからの圧力に従わざるを得ないだろう。
そして、研究費用を潤沢に出してくれる企業・・・・
国家と企業が手を組んで、大学での教育を完全にコントロールすることになるだろう。
すでに東大にはモデルナ、京大にはファイザーがコントロールの手を伸ばしているように、今後益々その流れは強くなる。
プランデミックを従順にこなした日本政府を見れば、今後、植民地の管理者としての教育という名の洗脳化が進むことだろう。
もはや自由などどこにもなくなる。
そして、それが「素晴らしいこと」という教育へと変わってゆく。
民主主義の装いをした独裁主義へと突き進む。
国家はすでにグローバル企業の傘下にあり、グローバル企業の要求のもとで税金が教育に投入さてゆく・・・
大学の無償化とはそういうものである。
「無料」=良いこと
単純な思考である。
今までは「企業の就職に有利」というカタチであった大学は、企業にとって「都合のいい」教育をしてきた。
これからは「グローバル企業」に都合のいい教育へと変わってゆくわけである。
その大半を「税金」で賄いながら・・・・・
これを「良いこと」と思っているおめでたい人が多い。
だが、実際これによって「格差」というものが益々広がる。
結婚できない、子供を作れない・・・・
そんな家庭は要らない。
グローバル企業、大企業に従順な人間だけが「得」となればいい。
大学無償化とはそんな「政策」なのである。
昨今、財務省の「財政健全化」という「緊縮財政」が日本人を苦しめ、それらを国民が非難しているから自民党は大敗した。
だが、それが都府県政となると途端に「正義」という人々。
地方の「緊縮財政」は正義で、国家の「緊縮財政」は悪というダブルスタンダードをとっている自分自身に気付かない人々・・・
だから民主主義は駄目なのである。
何のために民主主義が始まったのか?
それは「支配」の闘争の手段である。
民主主義が破壊したものは「帝政」であり「王政」である。
支配者の交代である。
そして、新たに支配者となったのが「商人」
企業帝国の王である。
その頂上に君臨したのが「紙幣」の支配者。
国家はすでに新支配者の傘下にある。
そして、彼らは高らかに勝利宣言をした。
もはや「ディープステート」などではない。
今までのように隠れる必要はなく、だから「暴かれた」わけではなく自ら表舞台に登場したのである。
金で選挙を操り、支配構造を塗り替えた彼らは、新たな世界の箱庭を構築しようとしているのである。
情報は「金」で動く。
そうやって彼らは帝政、王政を倒してきたのである。
金の力で白を黒とし、黒を白とする。
人が金の奴隷である限り、彼らの支配は続いてゆく。