賭博黙示録俺たち

ここ数ヶ月『パティシエの友人にギターを教え、その対価として彼の作った焼き菓子を貰う』という童話の中の森の動物たちのような生活をしていたのだけど、およそひと月前、そんな平穏な暮らしに終止符を打つ恐るべき提案が為された。それによって俺のメルヘンチックな日常が狂気に侵されていることについてここに記していこうと思う。

そのパティシエの友人-ここではRとするが-Rとは小学校中学校通して登下校を共にする非常に親しい仲であった。しかし高校はそれぞれ別の学校へと進学し、以前ほど頻繁には連絡を取ることもなくなっていた。
そのような状況に変化があったのが数ヶ月前、これまた俺とRにとって小・中の同級生だった男の訃報が届いた。葬儀には出席できなかったけれど22歳で夭折した彼の死を悼み我々だけでも、と当時交流のあった数人が集まった中にRも来ており、そこで久方ぶりの会話を交わしたあとRにギターを教えてほしいと懇願され、俺はそれを承諾した。

それ以来二週に一度ほどの頻度で、河原や土手、雨が降っていればカラオケに集合しRにギターの手ほどきをした。しかしそのようにして集まったほとんどの人間がそうであるように、本気で楽器の練習をする時間というのは少ない。下らない話に興じたりふざけあったりする時間の方が多くなってしまう。
厳密には河原でサワガニを捕まえようとしたり(すぐに巣穴に隠れてしまうので恐ろしく捕獲難易度が高い)カラオケでRがMOROHAを歌うのを眺めたり(恐ろしくモノマネが上手い)逆に美輪明宏の真似をしながらヨイトマケの唄を歌う俺の姿を見せるなどしていた。
そんな不真面目な教師である俺に律儀なRは謝礼を払おうとしていて、俺はそれを丁重に断りたまに昼飯を奢ってくれよ、と伝えた。その結果Rは時々手作りの焼き菓子を渡してくれるようになったのだ。

そうしてどんぐりが通貨代わりになる童話の世界のようなほんわか交易が成立するようになって幾月か経った頃、つまり今からひと月ほど前、冒頭で言及したとある提案がRによって為された。
その提案とは、死んでしまった彼への弔いとしてボートレースをやろう、というものだった。
ここで言うボートレースをやるというのは俺たちが今からボートレーサーを目指すという意味ではもちろんなくて、すなわち賭博をしようという意味である。

我々はギターの授業のほとんどを生まれ故郷である埼玉県戸田市で行っている。生まれ育った場所でありながらレペゼンできる誇らしい特色というのが何一つない悲しい街なのだけど、誇らしくない特徴というか名所がひとつある。
それが戸田ボートレース場だ。
街のはずれでまるでフリクリに出てくるどデカいアイロンのような異質な雰囲気を醸し出すそれは、国土交通省管轄の公的な賭博施設であり、週末になれば(平日でも)近辺から小汚いジジイが集まってくる、駅を除けば市で最も人が密集する場所と言えるかもしれない。
死んでしまった彼もそこでギャンブルに興じていたようで、これはもう時効というか閻魔大王じゃあるまいし故人を裁くことは誰にもできないのでどうしようもないのだけど、彼がそれを中学生か高校生のときにSNSにあげていたのを見た記憶が俺とRにはあった。
俺もRもギャンブルとは縁遠い生活を送っていてそれまでの人生で賭けごとをしたことはなかった。特に俺は後述するとある理由でギャンブルを敬遠していたため生涯手を出すことはないだろうと思っていたのだけど、しかしそのときはRの提案がとても素敵なものに思えた。
葬式に出られなかった俺たちが香典をギャンブルに全て注ぎ込むという下らない発想が、しんみりと祈りを捧げるよりよっぽど真摯に感じられたのだ。
そして俺たちは次回の授業の予定を撤廃し、ボートレース場へと赴くことを約束したのだった。

後編へ続く

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