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小説「姉ちゃんと僕と、僕らのじいちゃん」4
姉ちゃんの肉体が煙となり、灰となり、骨だけになって、僕は絶句する。荼毘に付された姉ちゃんの骨を拾うのは、僕とじいちゃんだけだった。僕は長い箸を握ったまま動けなかった。じいちゃんは僕の背を押し。僕は促されるように姉ちゃんの真っ白い骨を陶器製の壺に入れる。手が震えてうまくできない。
最初に病名を言い渡されて開腹手術をしなければ命が危ないと言われた時、姉ちゃんはいやだと言った。切るのはいやだと僕にしがみついた。姉ちゃんは21歳で、肌の白いきれいな女の人になっていた。じいちゃんが姉ちゃんを説得した。
手術したら助かる。どんなことがあっても、死なせたりさせん。生きていこうや、な、あやこ。
僕は姉ちゃんのあまりの悲しみように言葉が出てこなかったけれど、じいちゃんの言うように、絶対姉ちゃんを死なせるわけにはいかないと思った。
いやだ、いやだ、と姉ちゃんは病室のベッドの上で泣きながら首を振った。だけど病状は姉ちゃんに決心する時間を与えなかった。結局手術は行われ、じいちゃんはたくさんの同意書に名前を書き、印鑑を押した。病名を言い渡されて6時間後のことだった。
僕は主治医の治療成績表(この病院ではそんなものを手術患者に配布していた)を見つめながら、そうか頼むよ、父さん母さん、と祈った。治療成績表によるとその執刀医はとても腕の良い医者ということだった。だけどわずかながら失敗もあった。失敗と呼ぶべきなのかも僕はよく知らない。ただ手術に伴う合併症として死亡重度障害、軽度障害が彼の扱った症例中6・2パーセントあった。だからこの手術がうまくいってもすぐには安心できない、そう成績表は告げていた。
術後、主治医は言った。大腸と小腸をほとんど取ったこと。肝臓に溜まっている膿を管を入れて少しずつ抜き出していること。今は人工肛門と人工呼吸器をつけていること。しばらくは薬で眠っているということ。
説明のあとに看護師が、入院に必要なものを揃えて持ってきてくださいと言った。前開きパジャマ。タオル四枚、バスタオル三枚、ティッシュペーパー二箱、大人婦人用紙おむつ、水吞――僕はじいちゃんを病院に残して自転車にまたがりドラッグストアに向かった。紙おむつを選ぶとき、どうして姉ちゃんがこんな目にあうんだろう、と思った。
姉ちゃんがなにしたっていうんだろう。世の中には世間を騒がす悪い奴らがいっぱいいるじゃねえか。なんで姉ちゃんばかりが辛い目にあうんだろう。なんで奴らじゃないだろう。
それからもうひとつ思った。
体を傷つけることをとても嫌がった姉ちゃん。姉ちゃんに、好きな男はいるのだろうか。姉ちゃんは、恋をしているだろうか。
レジで金を払い、また病院に戻った。外来受付がとうに終わったしんとした病院の廊下。壁も床も白い階段。ソファベンチでうなだれているじいちゃんを見つけ、僕はナースステーションで買ったものを手渡した。そしてじいちゃんの隣に座ると、じいちゃんはうつむいたままぼそりと言った。
わしの内臓をぜんぶあやこにやってもいいじゃがの。おいぼれじじいに腸はいらんでな。
僕は黙ってそれを聞いた。気がつくと窓の外では雪が舞っていた。音もなく。去年の冬のことだ。
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