若月香
僕の姉ちゃんが死んだ。 じいちゃんと僕、そして姉ちゃんとの笑って泣いた愛しい時間。 だけど、きっと僕はここに立ち止まってもいられないだろう。 祖父を介護してたときに書いた物語。 小説のなかのじいちゃんが肌身離さず持っていた最愛のばあちゃんの写真が臨終後の顔だったのは、実話。
(とりとめのないことをつらつら書いています↓) 「枯渇」https://www.amazon.co.jp/dp/B0BSVSG562 この作品はいろいろあって長い間、暗黒トラウマだったのですが やっと向き合うことができました。(じつに6年かかりました) わたしは2019年に「四度目の夏」を書いて以来、小説は書いていません。 正直なところ書く自信がなくなったのです。 これが端的で明確な理由です。 出版社に採用されることがなかったというのも理由の一つにありますが(その都度浮
あとがき 四度目の夏を辛抱強く最後まで読んでくださった方々に、 心から感謝します。 読み返してみると前半の冗長感など欠点の多い作品ではあるのですが、 わたし自身が不思議と白雲岳に魅かれていって、不思議とよっくんの 強さにひっぱられて、不思議と脆弱なこの世界をなおいっそう 愛しく 感じていくのでした。 死ぬときに、走馬灯がよぎるとか聞くことがありますけど 人が完全に自由でいられるのは、想像の中なのだろうと思います。 どんな世界でも、どれほどの不条理のなかでも、希望に浸れる
プロローグ 2046年4月22日 だからまだ、死ぬな。 病室でラボの最高責任者はベッドに横たわるわたしを見下ろしてそう言った。 君の息子に会える。今なら、会えるぞ、と。 わたしの息子、和也は学校舎の窓から落ちて意識不明の状態が続いていた。 校舎からの落下事故はわたしが入院中のことで、わたし自身が末期の癌患者であり、当然にわたしが先にこの世を去り、そして息子はこの先にもつづく未来があると信じて疑うこともなかったときに、息子はクラスメイトに生まれつきの弱視についてからかわ
◇ 杉盛博士―― 聞こえるか? 聞こえるなら返事をしてくれ。アルチメイトブロックホクトマサキオリジナルの0期設計図の入手は成功した。 その解読にも可能性が見えた。 ご苦労だった。君はもう少し、ここにいていい。君は息子との空間を過ごしたいことだろう。 ――いいえ。 わたしは答える。 驚いた。そういうものかい? 君は母親なのに?
2046年7月27日 11:33 「なにも変わっちゃいない。どうしようもなく毒に侵された科学者だ。正直に言うよ。地球上で最も強い種が人間なのか、あるいはASIなのか、今でも俺は知りたいと願ってしま——」 「わあああああん!」 みっちゃんの泣き声が激しさを増した。 最も強い種がなんであるかを―― 母さんがぼくに話したことがある。 ——地球上で人間が支配的な生物種になったのは、筋肉ではなく、脳が理由なのよ。 資源をめぐって戦う、そして人間を食べようとする動物
2046年7月27日 11:23 ――1万メガバイトレベルのファイルがあれば、おそらくそれが0期だ。 マサキはそう言った。 パソコンの保管ファイルを探したってそんな大きなものは見つからない。仮に見つけたところで、復元情報をぼくが理解できるはずもなく、それが0期なのかは知りようがない。 クラウドに保管しているなら、ハッカーたちが見つけ出すはずだし、ということはレコードディスク媒体だろうか? ぼくは立ち上がって部屋を見渡した。 壁一面の書棚。 キャビネッ
2046年7月27日 11:16 よっくんが本堂に走り益司さんを見張る間にぼくは母屋の二階に駆け上がった。 益司さんと佳菜江さん寝室のドアを開けた。 二人の寝室は、昔は父さんの部屋だったことを、おばあちゃんから聞いたことがある。隣の佳菜江さんの部屋との壁を壊してつなげて大きくした。だからこの部屋にはドアは二つある。 ぼくは寝室側じゃない、かつては佳菜江さんの部屋だった左側のドアを開けた。右手にはシングルベッドが二つ並んで、その向こうにみっちゃんのベビーベッドがあ
2046 年7月 27日 11:12 「ほいで、それと同時に」 よっくんが言った。 「にぃやんのあのいや奴、なんとか竜太郎ってやつも救ってやろうな」 ぼくは我にかえった。 よっくんがぼくを見上げる。 「は……? なんであいつなんか救わなくちゃいけないの?」 「おれたちはお釈迦様じゃないもん。善いやつだけを助けて、悪いやつは助けんてことにはならんよ」 よっくんが言った。 「いやだ!」 ぼくは首を振った。 「和也くんは、あいつのせいで校舎の三階から落っこちて学
2046年7月27日 11:01 ぼくらは急いで白泉寺に戻った。 長い石段を二段飛びで駆け上がるよっくんを追いかけるようにぼくも登っていく。山門を見上げるとそのまま天高く白雲岳が聳え立つ。太陽は陰り灰色に染まった白雲岳の、そのところどころにある切れ目から伸びる気枝に黒い鳥が群れをなしてとまっている。 山門をくぐると石畳の道を走った。本堂を通りすぎて母屋の玄関をよっくんは思い切り開けて引き戸が跳ね返る勢いだった。佳奈恵さんがみっちゃんを抱いて駆け寄った。 「ああ、帰って
◇◇◇ わたしが肺がんに侵されて余命いくばくもなかった頃には、すでに映像で見る地球は悲惨なことになっていた。 この数日のうちに地球上のありとあらゆる生物の五分の一が消滅した。 文字通り、消滅だ。 死体もありとあらゆる生物の死骸も――そこに生活があり、文化があったはずなのに、その残骸すらなかった。 そこにたしかにあった生というものが、最初から存在しなかったように何も、何もASIは残さなかった。 地下数百メートルまでごっそりと破壊するので、地盤沈下が進み
【まえがき:今回の『四度目の夏27』には、今般の新型コロナウイルス流行期にふさわしくない表現があるかもしれません。この物語はわたしの完全な創作であり、新型コロナウイルスの問題が深刻化するよりずっと以前に作ったものです。また実在の個人、企業ともまったく関係がありません。 どうかご承知のうえ、読んでいただければと思います。】 2046年7月27日 10:01 別荘地には人影がまるでない。どうしてここはこんなにも人の気配がないんだろう。 カラフルでデザイン性の高い家はこんな
2046年7月27日 9:49 昨日と同じルートで山を下っていく。 スギの木の根っこを自転車タイヤで踏み込みながら、ぼくは進んでいく。昨日みたいに転ばないように注意することができなくて、ぼくは何度も派手にころんだ。幹に頭を打ち付けたときにはよっくんが戻ってきてぼくをひっぱりあげてくれた。 ぼくらはなにも言わずにただマサキの黒い家に向かっていた。 大きな雲が空を覆って、なんだかとても不吉な気がした。 キプロスでは恐ろしいほどの犠牲を生んでいる。 地球はさらに甚
母さんとぼく ある日入院している母さんからメッセージがぼくのスマートフォンに届いた。 ——これからのことを話しておきたいから時間を作ってほしいの。あなたの顔も見ておきたいし。 母さんからのメッセージに悲壮感を感じることはなかった。でもぼくはとても気が重かった。鉛を飲み込んだみたいに重苦しかった。母さんの言葉の『これから』ってなにを意味するんだろう。悲壮感がない代わりに、母さんの達観した感覚も理解できずにいた。 ぼくもずるかったけど、病室に来ない父さんはもっとず
チョコチップスコーン ブレンダがテーブルにあるガラスの容器からマッチを取り出して、消えたキャンドルに火を灯した。しゅぼっという音とともにマッチが炎で光ったとき、ぼくはブレンダの顔を見た。 このバーバル社製のAIマシンも、ぼくらを敵に見ているということなんじゃないか? こうやって人間たちに奉仕しながら、いつ人間たちを支配してやろうかと虎視眈々とそのタイミングを探してるんじゃないか。? 人間の赤ん坊をシッターするアナスタシア。 役所や、銀行や、デパートでコンシェ
2046年7月27日 7:33 目を開けると、木目の天井が目に入った。木目の中には黒点もあって、怪物の目みたいに見える。そんなこと、いままで思ったことがなかったのに。 「にぃやん、だいじょうぶか?」 よっくんが心配そうにぼくをのぞき込む。 鳥のさえずり。障子からそそぐ淡い朝の光。 「朝……?」 ぼくは起きた。頭がぼうっとする。 「ごめん。なんか、夢、みてた。……お勤めは?」 「父さんが今日はええって。ゆっくり休んで、朝ごはん食べれそうやったら、食堂にって母さんが