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小説「姉ちゃんと僕と、僕らのじいちゃん」6
【前回までのあらすじ】両親が死んでから、姉ちゃんと僕はじいちゃんと暮らすことになった。姉ちゃんは料理を覚えて懐かしい母さんの味の料理を作ってくれた。そんな姉ちゃんの病気が発覚、死んでしまう。姉ちゃんの闘病と、そして僕の「いま」が交差する物語。
手術の三日後に、姉ちゃんは人工呼吸器を取り外すことができた。
口の中へ繋いだ管がなくなっただけで姉ちゃんを取り巻く悲壮感みたいなものはずいぶんと和らいだ。少なくとも僕にはそう思えた。
12月に入ると世間はすっかりクリスマスモードに突入で、そこらじゅうでクリスマスソングが流れた。その四日後には姉ちゃんは僕を見つめて、すこし声を出すことができた。
その翌日学校帰りに病院に行くと、病室に姉ちゃんの姿はなくて、驚いた僕が慌ててナースステーショに走ると、車いすに乗った姉ちゃんが廊下の向こうから看護師さんに付き添われて戻ってきた。「院内を散歩していたんですよ。15分ほどですけどね」と看護師はほほ笑んだ。
姉ちゃんはぼんやりとした顔で僕を見つめ、「姉ちゃん」と声をかけると、瞳を広げてかすかに笑った。
このとき主治医が言うには、術後の経過は良好ということだった。
――今は点滴で栄養を摂っていますが、後々にはご自分の口から栄養が摂れるようにしていきたいと思っています。今は腸は40センチほどしかないのですが、いずれは人工肛門も取れるように――
正月を姉ちゃんの病室で過ごした僕とじいちゃんは簡易ベッドを二つ借りて、姉ちゃんのベッドを囲んで眠った。(じいちゃんが看護師長さんに拝み倒して許可してもらったのだ)
姉ちゃんは、風邪ひかないでよ、と笑い、細くなった腕で僕に毛布を掛けた。それから姉ちゃんの病室は東に向いていたものだから、僕らはそこから初日の出を見ることができた。高台にある病院から東の空の、山と山の間から太陽が昇る。じいちゃんが、
初日の出 家族で迎える しあわせよ
と、うたった。僕は笑ったが、姉ちゃんは昇る太陽を見つめたままだった。
僕はそのときの姉ちゃんの顔を一生忘れないだろう。
朝日に照らされた姉ちゃんは薄汚れた世界のありとあらゆるものを、浄化する力を持っているみたいだった。姉ちゃんほどきれいな女のひとを、僕は知らないし、姉ちゃんほど優しい顔をした女のひとを、僕は知らない。
あかつきの 空に輝く あやこかな
じいちゃんがまたうたった。今度こそ姉ちゃんも笑った。
でも僕はなんだかそれは悲しい歌のような気がして、笑えなかった。
人工肛門を取り外してはみたものの、40センチしかない姉ちゃんの腸は食べ物の消化に耐えられなかった。姉ちゃんはひどい下痢に苦しむことになり、人工肛門を取る前より状態は悪化した。その頃から姉ちゃんは黄疸が出始め、時々熱を出すようになった。
春にはもう一度人工肛門をつけた。
口から栄養を摂ることはもうないでしょう、と医者が言った。――残念ですが。
僕は驚いた。話が違うじゃねえか。
よせ、ゆうや、とじいちゃんが僕を制す。
なんで姉ちゃんがそんな目にあうんだ! なんで姉ちゃんがそんな目にあわなきゃなんねえんだ!
医者は僕と目を合わせなかった。
――黄疸が出る理由は、はっきりとはわかりません。熱が出る理由は点滴の針の辺りから菌が入っているのではないかと考えます。抗生剤を投与して――
それでも姉ちゃんの熱はひかなかった。解熱剤を利用しても、薬が切れれば跳ね返るように高熱を出した。黄疸は日を追うごとにひどくなった。
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