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小説「姉ちゃんと僕と、僕らのじいちゃん」7
【あらすじ】両親が死んでから、姉ちゃんと僕はじいちゃんと暮らすことになった。姉ちゃんは料理を覚えて懐かしい母さんの味の料理を作ってくれた。そんな姉ちゃんの病気が発覚、死んでしまう。姉ちゃんの闘病と、そして僕の「夏のいま」が交差する物語――
夏休みが終わり、それでも蝉の声は小さくならない。僕は汗を流しながら高校までの山の坂を上っていく。休み明け、久しぶりに会う友人たちと声を交わし、空を見上げ、また声を交わす。
おう、ひさしぶり、おまえ日に焼けたな。
そんな言葉をだれかれとなくかけ、笑ってみせる。そしてその後で気づかれないように小さなため息をついた。夏休みが始まる前と終わった後で、僕の内側にあるものがこんなにも違う。また空を見上げ、校舎を見上げ、また笑顔で友人の肩を叩いた。
家に帰るとじいちゃんがしじみ汁を作ったぞ、と言った。僕は返事をして二階に上がり、自分の部屋ではなく姉ちゃんの部屋のふすまを開けた。まだ手つかずの、姉ちゃんの部屋はそのままだ。僕は姉ちゃんのベッドに腰を下ろし、姉ちゃんの本棚や机の周りを見渡した。おもむろに立ち上がって机の引き出しを開けてみる。いくつかのメモ帳やらなにやら。何年か前のスケジュール帳や、誰かと交わした手紙やはがき、年賀状。その数はわずかだけど。
姉ちゃんの葬式には姉ちゃんが勤めていた書店の店長さんと女の同僚が二人来てくれた。それ以外は誰も来なかった。書店以外には知らせなかったし、姉ちゃん自身も病気のことや入院していることを誰かに知らせようとはしなかったと思う。
「おおーい、ゆうやー、早う来んと冷めるぞぅー」
階下からじいちゃんが呼ぶ。僕は姉ちゃんの部屋を閉じて、階段を下りた。じいちゃんと食卓を囲み、すっかり料理上手になった、でもやっぱり昭和的なじいちゃんの手料理を口に入れる。今日はかたくちいわしの甘辛生姜焼きとほうれん草のお浸しとしじみ汁だった。納豆のパックもある。
「ゆうや、久しぶりの学校はどうじゃった?」
「べつに、どうってことないよ。始業式があって、すぐにいつも通りの授業が始まった。すげえ眠くて体がついていかなかった」
姉ちゃんがいなくなって、うまく夜が眠れなくて、でも昼間は眠くって、生活習慣を立て直すのにちょっとかかりそうだった。
「昔は始業式の日くらい昼で帰ったがのう」じいちゃんが言った。
「昔っていつごろの昔?」
「昭和三十年ごろかの」
「わかんねえー」僕は笑った。
じいちゃんが子供のころはガキ大将で、中学の時に柔道を始めてすごく強くて、地元ではちょっとした有名人だったらしい。(じいちゃん談)
じいちゃんの父親は戦争で死んだ。じいちゃんの弟がまだ母親のお腹の中にいたときだった。未亡人となったじいちゃんの母親は紡績工場で働いて二人の息子を育てた。じいちゃんは夜間高校を卒業したら食品会社に勤めて、弟の学費を稼いだし、母親を楽させてやりたいと頑張った。その勤め先でばあちゃんと出会った。じいちゃんの一目ぼれだった。
ばあちゃんはいつも襟の真っ白いブラウスを着ていた、らしい。ショートカットだったばあちゃんのきれいな襟足が、じいちゃんには光って見えた、らしい。
茶箪笥の上にあるモノクロの写真立て、ほほ笑む若いばあちゃんはサザエさんのような髪型だったけど、たしかに美人だった。二人の結婚写真は、ばあちゃんの横でひじょう~に緊張しているじいちゃんの真面目くさった顔が面白い。そしてその横に、いまもある――ばあちゃんのデスマスク写真。じいちゃんが古いカメラで至近距離で撮ったから、すこしだけピントがぼやけている写真。でも、生きていないばあちゃんの顔――姉ちゃんの――
「ゆうや、大学はどうするんじゃ」
唐突じじいちゃんが訊くから、ぼくはしじみ汁のお椀を落としそうになった。
「え、ああ、どうしよかな……」
「したいことはあるんか?」
「したいこと……あるような、ないような」
「しっかり考えーよ。わしに遠慮するな」
「……しないよ」
「おう、それならええ」
視線を合わせずに合わせずに黙々と飯を食いながら話すじいちゃんに、僕はじれったいものを感じた。
(つづく)
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