結局、人間関係が「すべて」だよね
少々長いので、短くまとめた版も作りました。
1.人は人と関わらないと生きていけない
日々生きていく中で人と関わることって一番重要ですよね。おそらくほぼすべての人が誰かしらと関わりながら生活していると思います。例えば仕事とか家族とか学校とか... 「私(僕)は一匹狼で生きていく!」という人がいても、生きていくためにはお金が必要です。そしてそのお金はなにかしらの仕事をして稼ぐ必要があります。別の言い方をすると、モノやサービスを誰かに提供する必要があります。こうなると絶対に誰かしらと関わることになりますね。とりあえず、ここでは「人はみな誰かしらと関わってる」「人は人と関わらないと生きていけない」ということをお伝えしたいです。
2.なんで働くの?
生きていくためです。はい。働かなければ最低限の生活も遅れません。
しかし、次のように思った人もいるでしょう。
「日本は働かなくても生活保護もらえるし生きていけるんじゃね?」
生活保護はそもそも働きたくても働けない人のため、もしくは働いているけど収入が少ない人のための救済制度です。普通に働く能力のある人は本来もらえるものでもないですし、もらうべきではないと思います。しかし実際問題、本当は働けるのに働けないふりをして不正受給している人は多くいまし、実際にできてしまいます。ですので、一応ここでは「働きたくなければ生活保護をもらえる」ということにします。
仕事はしんどいものです。「仕事を辞めたいなあ」と思ったことは1回ぐらいは誰しもあるのではないしょうか。では、本当に仕事を辞めてしまったらどうなるでしょうか。生活水準は確実に下がります。生活保護を受給する水準は人間として生きていける最低限度の生活水準です。ですので生活保護を受給するなら生活水準はその水準になります。「それなら働こう...」となる人が多いのじゃないでしょうか。(※一応お断りしておきますが、この表現に生活保護を受給されている方を差別、侮蔑する意図などは全く持ってありません。)
しかし、ここで一度立ち止まって考えて欲しいのです。
「なんで貧しい暮らしは嫌なんだろう???」
3.人からどう見られているか気になる
その疑問に対して、私はあえて
「それは人の目を気にしているから!」
と答えようと思います。どういうことか説明します。
仮に人間関係のない世界に住んでいると想像してください。つまり、地球上に自分一つしかいない世界を想像してください。その世界では人間関係がないので、必然的に仕事も存在しないです。なぜなら仕事とは人の役に立つモノ、コトを提供することだからです。だから仕事はしません。また、誰もいないのでモノやサービスを自分に提供してくれる人もいません。よって生活はとても貧しくなります。しかし、生活水準は低いとは言えません。
「水準」は「基準」でもあります。つまり、相対的なものなのです。他人と比較して高いとか低いとか決まるのです。例えば、日本では貧しい方だが、アフリカの貧困国の水準からしたら豊かな方になることもあります。他人と比較すること自体、人の目を気にしているということでもありますね。
次に「自分は人の目を一切気にしない人」だと仮定して想像してみてください。今度は人間関係は存在するけど、それらを一切無視するという立場です。あくまで極端なパターンを想定しているということに注意してくださいね。この場合、まずおしゃれな服や高級車は買わなくなるでしょう。人からどう思われてもいいからです。身の回りも「生活必需品だけでいいんじゃね?」と考え、段々と生活が質素になっていきます。その結果、生活するのにあまりお金がかからなくなってきます。「生きていくのに最低限のものでいいや」となったとき、もう無理して働く必要はなくなります。ですので、働くなくなり、生活保護をもらうことになります。
「いやいや、さすがに仕事を辞めるのは...」とか、「働けるのに生活保護をもらうのは...」と後ろめたく感じる人もいるでしょう。でもそれは人にどう思われるかが気になるのが理由なのではないでしょうか!
4.すべての問題は人間関係に帰着する
あくまで一例として、お金の問題や生活水準の問題について考察しました。しかしこれらは結局人からどう思われるか、つまり、人間関係の問題に帰着しました。
他の問題はどうでしょう。友人関係、恋愛関係の問題は間違いなく人間関係の問題に含まれますし、政治の問題なども結局は自分の利益をめぐる人間同士の争いです。昨今の環境問題なども、価値観の違いや利権をめぐって争っているように思えます。自己実現を目指すことなどは一見他人に縛られていないように思えますが、結局「自分」というものが他人を映し鏡にしない限り見えないことからも人間関係に帰着できます。
このように考えると、すべての問題が人間関係に帰着できるように思われてきませんか?ただし、これはあくまで仮説にすぎないということに注意しましょう笑
ここで注意してほしいのですが、私は人の目を気にすることや他人に囚われていることが悪いことだとは言っていませんし、悪いことだと思っていません。むしろ、それこそ人間の本質じゃないかなと思っています。つまり、そこから幸せに生きるためのヒントが得られるのではないかなと私は考えています。
5.終わりに ~なぜこんなことを考えたのか?~
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!
なぜこんな当たり前っちゃ当たり前のことを考察したかというと、次に「価値観の違いからすべてが始まる」ということを考察したかったからです。(これも当たり前っちゃ当たり前かもです。すいません。)もともと「すべては価値観の違いから...」というタイトルでこの記事を書き始めたのですが、まず「すべての問題は人間関係に帰着する」ということを説明しないことには私の考えを説明できないことに途中で気づいてタイトルを変更しました。次回の投稿も見てくださると嬉しいです!
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