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元滋賀医大生らの「無罪判決炎上」は、たったひとりの弁護士によるデマツイートからはじまった

元滋賀医大生らによる性暴行疑惑に対する逆転無罪判決が未だに大炎上を続けている。

無罪判決を下した高裁の裁判長に対する追訴を求めるオンライン署名は10万人以上の賛同者を集め、さる12月23日には大阪高裁前で大規模なデモまで行われた。「刑事事件の無罪判決に対する反対運動」などという前代未聞の運動が起こるのは、ちょっと中々聞いたことがない。

なぜ本件はここまで燃えて続けているのか。理由は単純である。

「被害女性が性行為の前に『やめてください』『絶対だめ』『嫌だ』などと発言し性行為を拒絶した記録が残っているにも関わらず、それがプレイの一環として受け取られ強姦魔が無罪になった」というデマを信じている人が大量にいるからだ。

このデマの発信源は、報道当初から現在に至るまでのネット上の記録を見る限り、YouTuber弁護士として著名な岡野タケシ弁護士の一連のツイートであると思われる。

医大生による性的暴行容疑の高裁無罪判決。

なお、一審では、
・動画には、被害者が「嫌だ」「苦しい」「やめてください」と訴える音声や行動が記録されており、同意がなかったことを示している。
・被害者が行為に対して従順な態度を取った場面があったとしても、それは早く事態を終わらせたい心理からくる「迎合的な行動」 と認定され、懲役実刑の有罪判決が下っていた。

引用:https://x.com/takeshibengo/status/1869591900635988256

「苦しいのがいいんちゃう」「調教されてないなお前。ちょっと、されないとダメやな」等、裁判所に提出された動画には以下の発言があった。

▼口腔性交時の発言
・女性「苦しい」「嫌だ」「やめてください」「ダメダメ」「痛い」
・被告人C: 「苦しいのがいいんちゃう」
・被告人B: 「苦しいって言われた方が男興奮するからなぁ」
・被告人C: 「が、いいってなるまでしろよ。お前」
・被告人A: 「いいからいいから。続きやって」

▼動画撮影時の発言
・女性「絶対だめ」「嫌だ」「やめてください」
・被告人C: 「ちゃんと舐めてほしい」「お前の実力見せたれって」
・被告人A: 「素人感が相当いい」
・被告人C: 「フェラすればいいと思っているところがちょっとかわいそうなんやけど」
・被告人A: 「オレ攻め派やから。こっち脱いでって」

▼その他の発言
被告人C: 「調教されてないなお前。ちょっと、されないとダメやな」
被告人C: 「どういう調教されてんの?」「謎調教」

引用:https://x.com/takeshibengo/status/1869597601496273130

医大生の性的暴行無罪事件は、いわゆる「冤罪」とは構造が異なる。

男性側はやることはちゃんとやっていて、しかも現場では女性に対して相当程度に雑な対応があった。ただし、刑事裁判的には、当時の改正前の強制性交等罪に照らすと、有罪と断定するための事実や証拠が不十分だったという判決だ。

「また男が冤罪の被害者か」といった論調も見られるが、今回のケースでは女性側も相当程度に傷ついていたと思われる。

改正前の強制性交等罪に基づき、高裁で無罪判決が出たものの、民事で争えば男性側の違法行為が認定され、損害賠償が認められる可能性も十分にある。

こうしたトラブルに巻き込まれたくないのであれば、そもそも乱痴気騒ぎを起こさない。それに尽きる。

https://x.com/takeshibengo/status/1869615818201530602

この岡野タケシ弁護士の一連のツイートはたちまち拡散され、合計インプレッションは約4000万。著名な弁護士による発信ということもあり、このツイートを読んだほとんどの人がその真実性を疑わなかったようだ。

実際、裁判官の追訴を求めるchange.orgのオンライン署名も、フラワーデモ主催者による呼びかけでも、この岡野タケシ弁護士のツイート文面がそっくりそのまま引用されている。

2024年12月18日、滋賀医科大の男子学生2名が「性的暴行」の罪に問われたことに対し、大阪高等裁判所の飯島健太郎裁判長は、一審での有罪判決を覆し、無罪判決を言い渡しました。

その理由が、証拠として提出された現場映像での女性の、

「やめてください」「絶対だめ」「嫌だ」

といった明確な拒否の言葉があったにも関わらず、加害男性の暴力的な言動を「性的な行為の際に見られることもある卑猥な発言という範疇のもの」とし、被害女性もそれを理解しているが故に「拒否したとは言い切れない」と判断を下し、

引用:大阪高裁の“医大生による性的暴行”逆転無罪に対する反対意思を表明します。

大阪高裁では、医大生が言った「苦しいのがいいんちゃう?」「調教されてないな、お前。ちょっとされないとダメやな」などの言葉を「卑猥な言葉の範疇で脅迫には当たらない」とされた。また、女性が「やめてください」「いや」「絶対ダメ」と言っていたにもかかわらず、拒否をしたと言い切れないと判断された。

この点について、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)を広める「なんでないのプロジェクト」代表の福田和子さんは「こんなことが通ってしまうのなら、ビデオを撮って嫌なプレイに見えるような言葉を発していれば、なんでもOKになってしまうのではないでしょうか」と声を震わせた。

引用:滋賀医大・性的暴行事件で逆転無罪、大阪で抗議集会 性被害訴えの女性検事「あなたは一人じゃない」

現時点(12月25日午後18時)において被害女性が「やめてください」「いや」「絶対ダメ」などと言っていた…という情報ソースは岡野タケシ弁護士のツイート以外に見つからない

このことからも、今回の炎上において岡野タケシ弁護士のツイートがきわめて中核的な役割を果たしたことは間違いないだろう。たった1人の弁護士によるツイートが、今回の大炎上そのものを引き起こしたのだ。


岡野タケシ弁護士のツイートは事実に基づくのか

とはいえ、岡野タケシ弁護士のツイートが真実であれば何の問題もない。岡野タケシ弁護士は「なお、一審では、」とツイートしているように、少なくとも地裁判決については判決文を参照しているような印象をツイートからは受ける。

しかし報道された事件内容と照らし合わせると、岡野タケシ弁護士のツイートは基本的な事実関係を取り違えているとしか思えないのだ。


事実誤認①:元医大生らは被害女性と性交渉を行っていた

まず最大の問題点が、「無罪判決が下った元滋賀医大生らは被害女性と性交渉を持っていた」とする岡野弁護士のツイートだろう。

医大生の性的暴行無罪事件は、いわゆる「冤罪」とは構造が異なる。

男性側はやることはちゃんとやっていて、しかも現場では女性に対して相当程度に雑な対応があった。ただし、刑事裁判的には、当時の改正前の強制性交等罪に照らすと、有罪と断定するための事実や証拠が不十分だったという判決だ。

「やることはちゃんとやっていて」という一文は、この文脈においては「無罪判決が下った元滋賀医大生ら2人は被害女性との性的交渉を持っていた」という意味にしか解釈のしようがない。

しかし実際は、被害女性と性的交渉を持っていたのは無罪判決が下った2人のうち1名のみである。片方の元医大生は被害女性となんの性的交渉も持っていないのだ。これは地裁判決の時点で認定された事実である。

一連の事件の詳細については弁護士ドットコムの上2記事が詳しくまとめているので是非参照してもらいたい。ただ本件は5人もの登場人物が存在し、それぞれが犯行現場から出たり入ったりと事件の全貌を把握するのにやや労力を必要とする。

というわけで本マガジンでは、弁護士ドットコムの報道内容から各登場人物ごとの行動を時系列順にグラフで整理してみた。これを見れば少しは事件の全貌がわかりやすくなるかもしれない。弁護士ドットコムの作成した表とあわせて提示する。

引用:性暴力事件で医大生に無罪判決、「部屋に入ったら同意?」SNSで紛糾…裁判所はどう判断したのか
弁護士ドットコムの記事から筆者作成。仮名は弁護士ドットコムの記事に基づく。

上図を参照していただくとわかるように、被害者とされるX子と性交渉を持ったのはA男とB男のみである。C男は口腔性交も含めてX子と一切の性的交渉を持っていない。

ではなぜC男は起訴され地裁では懲役2年6ヵ月の実刑判決がくだったのか。

検察の起訴内容でC男に触れているのは、午後11時51分ごろA男がX子と口腔性交を行った際に対し、X子の「苦しい」という発言に「苦しいって言われた方が男興奮するからな」と発言した一件のみである。この行為が強制性交等罪の構成要件のひとつである「脅迫」として扱われ、強制性交等罪の共同正犯として2年6ヵ月の実刑判決が下ったのだ。

よって「男性側はやることはちゃんとやっていて」という岡野タケシ弁護士のツイートはC男に関して言えばまったくの事実誤認である。


事実誤認②:性交渉の「前」に女性側は拒絶していた

岡野タケシ弁護士のツイートをごく自然に読むと、被害女性は性交渉の「前」に性行為を拒絶していた…という印象を受けるだろう。

医大生による性的暴行容疑の高裁無罪判決。 なお、一審では、 ・動画には、被害者が「嫌だ」「苦しい」「やめてください」と訴える音声や行動が記録されており、同意がなかったことを示している。

しかし、そのような事実は存在しない。元医大生らに実刑判決をくだした地裁判決ですら最初の性交渉の「前」の暴行・脅迫は認めていない。

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週に1-2回程度更新。主な執筆ジャンルはジェンダー、メンタルヘルス、異常者の生態、婚活、恋愛、オタクなど。

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