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自殺した風俗嬢の話

最近、風俗嬢の知人女性がふたり相次いで自殺した。

どちらも性風俗産業以外で働いたことが全くない女性で、理由はもちろん当人の様々な問題に起因していた。精神疾患、発達障害、機能不全家庭、虐待…お決まりのそんな理由からだ。性産業に従事する女性の多くがこうした当事者性を持つことは業界の常識だが、彼女たちもそのテンプレートを忠実になぞる当事者のひとりだったと言って良い。

精神疾患や発達障害といった諸問題を持つ女性は、性産業に従事する可能性がきわめて高い。理由はなによりもまず性産業が「ユルい」業界だからだ。当日欠勤や遅刻が許容され、同僚や上司とコミュニケーションを取る必要もほとんどなく、学歴や職歴も不要で、「若い女」という条件さえ満たせばある程度の収入を見込むことができる。客との性的接触というハードルさえ超えられるなら、性産業は社会不適合者の「受け皿」として機能してしまうのだ。

無論のこと本当ならば、福祉につながりB型作業所で時給50円のホチキス止めの仕事をするという選択肢が本来の意味でのセーフティネットであり福祉業界としての「正解」ではあるのだろう。だが筆者の知人らはそうした「正解」のルートを選べなかった。選ばなかった、と言った方が正しいかもしれない。あくまで彼女たちは主体的に売春婦たることを選択していた。

性産業に従事していた時期の彼女らの人生は、浮き沈みが激しく、トラブルが頻発し、すぐに人を殴りまた殴られ、アルコールと薬物と血と精液と愛液に塗れていたとは言えど、一応は「順調」であったと言えるかもしれない。

なにせ生きるために死活的に必要な金銭収入について、彼女らはほとんど心配する必要がなかったからだ。出勤すればほぼ確実に数万円を稼ぐことができたし、何か欲しいものがあれば(もしくはトラブルを起こして賠償を求められれば)数日から数週間ほど地方の風俗店に出稼ぎにいけばまとまった額を稼ぐことができた。こうした経済的な優位性は弱者女性が弱者男性に対して圧倒的に恵まれている面のひとつで、彼女らの生活を傍目から見ても「貧困」だとか「困窮」という言葉はイメージできなかっただろう。彼女たちは自由に、豊かに、破綻した生活を営んでいた。それは福祉につながることでは絶対に得られない色鮮やかな地獄だった。

そんな彼女らの生活に影が差し始めたのは2023年頃からだったように思う。といっても彼女らの生活は常に何かしらのトラブルに塗れていたため、生活に影が差さない時期など厳密に言えば皆無だったのだが、ほんとうにクリティカルな意味で生活が破綻しはじめた───つまり風俗で稼ぐのが難しくなり始めたのがそのくらいの時期からだったのだ。

といっても彼女らが歳を取り過ぎたとか、太り過ぎて容姿に問題が出始めたとか、そういう話ではない。ふたりとも20代で、容姿はどちらかといえば美人と言って良い部類だった。年齢的にも容姿的にも売春産業においてはまだまだ働き盛り、あと10年は一線に立てる状態だったはずだ。

にも関わらず、彼女らは少しずつ性産業から見放されはじめた。なぜか。ここまで綴ってきた内容と矛盾するようなのだが、彼女たちが「まとも」に働くことができない人間だったからだ。

朝起きることができない。時間を守ることができない。挨拶ができない。遅刻せず出勤することができない。当日欠勤せず働き続けることができない。写メ日記をきっちり更新することができない。ムカつく客を適当にあしらうことができない。おつりを間違えずに渡すことができない。黒服から叱責されたとき「ごめんなさい」と殊勝な態度を取ることができない。できない、できない、できない。彼女らの「できないことリスト」を並べたらゆうに三桁を超えるだろう。まともに生きることができず、だからこそ性産業に依存してきた彼女たちは、当然ながら年齢相応のソーシャルスキルや社会常識をまったく身に付けていなかった。

しかし「まとも」でないことはそれまで問題にならなかった。前述のようにまともな社会常識を有していなくとも、学歴や職歴がなくとも、「若い女」でありさえすれば受け容れてくれるのが性産業だったのだ。キャストの遅刻や当欠はあまりにも日常茶飯事で、店側も客側もそんなことにいちいち目くじらを立てることはなかったし、接客態度がカス以下の地雷嬢もありふれていたので最低限の社会常識すらないやる気ゼロのカスでも性産業ではそれなりに金を稼ぐことができた。そう、「できた」。過去形である。性産業が社会不適合者にとってのフロンティアであった時代は、いま急速に終わりを迎えようとしている。

2023年頃から、知人女性らが店をクビになることが増え始めた。

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週に1-2回程度更新。主な執筆ジャンルはジェンダー、メンタルヘルス、異常者の生態、婚活、恋愛、オタクなど。

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