人文系博士5年目で新卒就職して、考えたことなど

しばらく前の記事で博士4年目にして新卒で就活する旨書いた。
(その職場を一年で退職し、最近転職した。)
そんなバタバタの渦中でとか、ふつうに正社員として働く中で色々考えたり、理解したことも多かったので記録しておく。

「文系で博士なんて行ったら就職できないよ」「院は社会不適合者の集まりw」とか言うの、ほんとにやめてほしい

ツイッター(私は頑なにそう呼びたい)とか見ていると、半ば冗談で、知ったような口で、そういったことを言う人がいる。
無頼アピールなのかもしれない。あるいは人文系の博士課程というのはある種のインテリらしき人とか、教養かぶれにとってあこがれの地であるから、それについて知ったような口をきくことに喜びがあるのかもしれない。

だけど、「文系で博士に行ったら一般企業に就職できない」は明らかに誤りだ。就職市場というのはそんな一様の価値観で塗られているわけではなく、一学生が想像するよりはるかに広い門戸を開いている。
せいぜい、学部のときの同級生たちが就職していったような、有名JTCに入るのが難しくなったくらいであろう。とはいえ、私の周囲には博士を満期退学してそうした企業に就職していった人もいる。

正社員として働き始めて理解したのは、20代におさまるならば、そんなに変わりないということだ。特に数年での転職が当たり前になった昨今、多くの企業が、さまざまなバッググラウンドの若者をオンボーディングさせる体制をそれなりには整えざるをえない状況になっている。20代後半の新入社員と新卒ストレートとの数年の違いを気にしない企業は多いと思われる。

「人文系で博士課程に行くと就職がない」というイメージが流布することには、人文系に進学しようという博士学生を減らす効果があるのは想像に難くない(とはいえ、厳しい道なので気軽に進んで良いとも言えないが)。さらにいえば、博士課程に進学し、その後の進路を決めようという学生に適切な就職ルートを見誤らさせ、自身を低く見積もるような選択を促すという点でも罪深い。冗談でもそういうこと言うのやめてほしいな、と思う。

就職してみてどうだったのか

これでお金がもらえるのか、という驚き

研究でお金をもらうのは大変だった。特に私はDC1、DC2と落ちて、3回目のチャレンジで通ったという苦い経験もあり(もっとも、それでもラッキーなほうだろう)、自分のメイン活動がお金に結びつくためには激しい努力が必要だというイメージが染み付いていた。
しかし、就職してみて、これでこんなにお金がもらえるのか、と素直に驚きがあった。正直なところ、日々の一つ一つの活動は研究におけるあれこれより難易度が低いので、なんだか拍子抜けするような、今まで「社会人と学生は違うから〜」と言われてきたのはなんだったのか、と思うようなものであった。

研究スキルは汎用性高い

企画を立てるのは研究計画を作るようなものだし、スライドの作成は発表でさんざんやってきた。上司とのやり取りは指導教員との会話を思えばよく、会議だって議論も質問も経験してきたものだし、なにか新しいことにキャッチアップするのも、先行研究を集めて読んでいたことを思えば造作ない。経理関係の事柄も、科研費の処理に比べればアバウトである。
研究のなかでやってきたことを少しチューニングすれば、かなり多くのことに対処できる。もっといえば、物事を構造化して分析したり、抽象と具体を行き来したり、会社員としては高度なスキルを大学院で得ているとさえいえる。
もちろん、その業種や職種、会社固有のスキルというものがあるので、それに習熟する必要があるが、異業種等から転職してくる人もいることを考えればそれと同じことであり、臆する必要はあまりない。

新卒で入った会社を一年で辞める

上述の通り、新卒で入った会社は一年で辞めた。
恥ずかしながら私も「博士課程を出た人はまともに就職できない」言説にさらされ過ごしてきた。博士課程なんて、20代後半までニート同然で過ごしてきたようなもので、就職市場では価値がないのだと思い込んでいた。そしてそこまで高望みせずに就職活動をして、それなりに有望で成長しているように見えるベンチャー企業に就職した。

この「高望みしない」がよくなかった。自分の会社員としての価値を低く見積もっていたので、実際の自分のレベルよりだいぶ低い水準の選択肢をとってしまい、そうした人材レベル感の企業に就職してしまったのだ。

結果、就職先では、周囲の先輩社員の3〜4倍働くことになった。日報に書かれた消化タスクにそれだけの差があるのだ。一定以上の難しい事柄を理解できる人が社内で限られているので、違う部署の仕事であってもこちらに回ってくることもあった。
自分は数年の遅れをとっているだけ、人より仕事ができないと思い込んできたが、そうでもないと気づいた。このレベル感なら研究していたときと同じノリで仕事するだけで十分に追い越してしまうのだ(この職場には他に数人、修士卒の若者がいて、彼らも私と同じ状態に追い込まれていた)。

周囲の人の仕事の様子を見ていてここに新たな気づきや成長はないと理解し(他にもブラックなあれこれもあり)、転職活動を始めてから一ヶ月半ほどで次の職場が決まり、いまでは充実した会社員生活を送っている。世の中には仕事がいっぱいあるし、なんとかなるものである。

「文系で博士なんて行ったら就職できないよ」「院は社会不適合者の集まりw」にだまされるな〜!

ほんとにこういう言説を鵜呑みにしても良いことない。実情をとらえない、単なる呪いの言葉である。
博士に進んだら、任期なし大学教員をゴールとする研究者人生に全振りしなければいけないなんてことはない。大学院生生活のうちに、会社員として使える汎用スキルも身につけているし、社会で使い物にならないというのは嘘だ。

そこを理解してうまく使えば、進路は意外と柔軟で自由にできる。同じような進路の人は多くはないので、情報収集や、前もって戦略的に行動していく必要はある。

前の記事で満期退学予定と書いたが、実はまだ休学中として大学院に在籍している。会社員しながら学会発表もした。
博士課程を経験して会社員になるのもなかなか楽しいものである。なにより、実社会とかかわる感覚を日々味わえるのが嬉しい。なんだかお得な気分になる進路選択をしたなと思っている。




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