能登半島地震における旅館の記録⑩
私には震災後からずっと気になっていた彼がいた。それは能登かがり火5号である。(勝手に彼と呼ぶ)震災からずっと一人で和倉温泉⇔七尾間の線路でじっと救助を待っていた彼。15時59分和倉温泉着のお客様を降ろした後、七尾駅に戻る際にあの地震に遭遇したのである。能登での生活は車があったほうがいい。一家に一台ではなく、一人に一台というぐらい車が必要な地域である。私も車で彼の横を通るたびに、まだ君はいるのか。今日は天気がいいから良かったね。今日は雪が降ったけど寒くはないかい?と心の中で話しかけていた。
能登の人達の頑張りが彼に投影してしまい目頭が熱くなる。彼は文句も何も言わず、ぐっと耐えていた。震災後から私は涙もろくなっている。その彼は先日ついに救出された。1月29日現在、何十人もの鉄道マンが集まり、七尾⇔和倉温泉間の路線復旧を目指してくれている。
1月3日 16:00終礼。
私は明日以降にお客様1組1組にお電話をすることにした。無事に皆様ご自宅に戻られただろうか。
17:22 石川県能登地方 3
17:51 石川県能登地方 3
18:48 石川県能登地方 4 余震がおさまる気配は全くない…
1月4日 統括部長の声かけで朝が始まる。
おはようございます。今日は1/4(木)です。
4日、5日の出勤についてですが、出勤可能な方、昼食の手配がありますので8時00分までにこちらに意思表示ください。業務内容としては、廃棄物や物品の整理となります。ズボン、シューズ(雨なので長靴でも)、防寒着でお越しください。なお、現時点では物品の配布の予定はありません。ガソリンのこともあるかと思いますので、車の方は相乗りをお勧めします。
(以下省略)
そう、一番最初の挨拶だが、この頃から時間の感覚がおかしくなり始める。今日は何年何月何日何曜日なんだ?1月4日!?まだお正月じゃないか…。
8:00 多田屋に出社。換気の為、ロビーの窓を開ける。サイレンのけたたましい音が響く。ハリウッド映画ではなく、これは現実。能登半島中に何十台、何百台もの緊急車両が向かっているのだ。1月2日からずっとこの状況。一人でも多くの人を助けて欲しい。私は七尾湾に向かって祈るように手を合わせた。
9:00 25人のスタッフが集まる。
作業指示書に沿って作業をお願いする、その指示書に書き込みをして、16時に提出。トイレの使用についての説明、緊急地震速報が鳴った余震の場合、必ず点呼をする、第二駐車場に集合。等のミーティングをして各班にわかれて作業開始。
10:00 私は1月1日に多田屋にいらっしゃったお客様、到着が確認出来ていないお客様にも、お電話をし始める。まだ、お正月休みだという事は重々承知であるが、あまり間を開けない方がいいと思い電話をかけた。
【和倉温泉 多田屋の若女将の多田です。1日の震災におかれまして当館の対応等不十分な点もあったと思いますが、その後無事にご自宅に戻られましたでしょうか…本当に怖い思いをさてしまい…】
私はある事を大切にしようと思った。私は地震後友人知人には定型文のようなメッセージを送っただけだった。でも1月1日に多田屋での宿泊を楽しみにされていたお客様にはそれではいけない。あの日、お客様それぞれにもドラマがあったはず。それを大切に少しでも寄り添ってお話が出来たらと思ったのだ。あの時一緒にあの恐怖を味わったからこそ。
お電話すると、お客様から頂く温かいお言葉に感謝するばかり。皮肉な事に、それぞれのお客様とこんなにお話しできたのは、コロナ禍以降はじめてかもしれない。
12:00 館内放送が流れる。休憩にします!今日からみんなで同じ動きをしますので昼食を召し上がって下さい!
またこの時、可愛い多田屋の卒業生が富山の氷見から来てくれた。この頃みんな糖分を欲しているのがわかったのか、スイーツも持って来てくれる。氷見も大変なのに、1人で車で来てくれたのだ。卒業しても訪ねて来てくれるスタッフ。また私はジンとくる。そしてみんなで昼食。すでに腐敗が進んでいる食材をなんとかせねば。卒業した彼女にも食べていって!
ここで皆さん【能登はやさしや土までも】というのを聞いたことがあるだろうか。住んでいる人から土までもがやさしい能登。特に奥能登の人は我慢強く、温かい。今もたくさんの方々がボランティアで来て下さっている。きっと能登の人は自分が被災しているにもかかわらず、その人達をもてなしているに違いない。
15:46 石川県能登地方 4
15:56 石川県能登地方 4
16:00 終礼。社長より
まず命を最優先にしてほしい。貴重なものを運んでいたとしても、その最中に余震がきたらほっぽり投げて身の安全を最優先にすること。明日は多田屋バスで皆でお風呂に入りに行きましょう!お疲れ様でした!
社長も私もしばらくは館内を皆で片づけるという事を続けられるとこの時は思っていたのだ…。まさか片づける事すら出来なくなってしまう日が来るとは…。
続く…