真夏の君と白いカーテン Episode8
彼女が目の前に再び現われ、君のせいで成績が落ちたじゃないかといちゃもんをつけようとしても彼女の儚さに惹かれつい見とれてしまっている自分がいる只今。
自分がどんな表情をしているのか分からないが、たぶん鼻の下が密かに伸びていたのだろう。彼女は俺を見るなりくすりと笑う。
そんな彼女を見て我に返る自分。再び、テストのことで頭が沸騰し始めてきた。
「おい、何笑ってんだ」
「いや、何か私に物言いたげな顔しているなって思って」
そりゃあ言いたいことは山ほどある。なんで俺の前に現われたのか、なんでこの間は急に消えたのか、そもそも君は誰なんだ、と。どこから突っ込んで良いのか分からずに自然と眉間に皺を寄せていると彼女から口を開いた。
「そういえばあなたに私のこと教えていなかったよね」
彼女は勝手に話を進めていく。
「私は沢城麗華っていうの」
彼女の名前を聞いた瞬間、鳥肌が全身を駆け巡った。どれほど自分のクラスメイトでも、ましてや他のクラスメイトと仲良くなくても全員の名前くらいは把握しているつもりだったが、彼女の名前は一切聞いたことがない。
不登校の生徒か?いや、そうだとしても不登校はクラスに馴染めなくて不登校になる場合が多いと考えられるから、こんな積極的には話しかけてこないだろう。悶々としている中、彼女は衝撃的な一言を明るい口調で放った。
「私、幽霊なの。死んでるの」
「......へ?」
意味が分からなすぎて時空が止まったように感じた。幽霊なのって、死んでるのって、どういうことだ。整理できない頭を高速回転させてあらゆる可能性を考え始める。そのたびに眼球も動き回りいかにも自分が動揺しているかのように捉えられたのか、彼女は再びくすりと笑った。
「普通はそうよね。いきなり、幽霊だの死んだの言われて動揺する人はいないはずないよね。でも、本当に私は幽霊なの。とある事情でこの教室から飛び降り自殺して死んだ身なの」
淡々と話す彼女とは対照的に彼女が幽霊であるという実感が徐々に湧いてきて、腰が引けてくる。思い返せば聞いたことのない名前で突然夜の教室に現われ、さらに台風並の強風と季節外れの桜の花びらを散らせるという現象を目の前で見たのだ。彼女が幽霊であると点と点がつながった瞬間、その場に力なく座り込んでしまった。なんだか自分がとてつもないことに巻き込まれているような気がしてならない。
「あ、ごめんね。怖がらせるつもりはなかったのよ」
いやいや、十分怖いって。彼女は後退りしている俺を見ておかしそうに笑いながらも瞳の奥にどこか哀愁漂うものを醸し出していた。その瞳にふと我に返る。そうだ。例え彼女が幽霊だとしても俺は彼女に文句を言いたかったのだ。そんな悲しそうな目をしても俺は君の存在自体が邪魔なんだと訴えたかったのだ。
身体に鉄骨を差し込むように立ち上がり、背筋をしっかり伸ばし胸を張る。そして最大限の勇気を振り絞って彼女に言い放った。
「君の存在が邪魔だ。君と会ったのはこれで2回目だが、君の正体が謎で意味が分からなくて、ずっと頭から離れないんだ。そのせいで成績はがた落ちだよ。全て君のせいだ。もうこれ以上俺の前に現われないのであれば、君を忘れる努力をするが、それでも現われるのであれば君を強制的に成仏しても構わない」
よし、言ってやったと心の中で強気になっていると彼女は再びくすりと笑った。何がおかしいのだ。俺が変なことでも言ったのか。
「君分かってないね。私はとある事情で自殺したのよ。私を成仏させるにはその事情を解決しなければいけないの。意味が分かる?」
「つまり、ただ成仏しても意味がないということか?」
「そう。もし私に本当にここから消えて欲しければ協力してよ。成仏できるように」
「は?」
どこまでも自分勝手だ。まるで俺を試すような目つきで見下しているようだ。彼女をここから成仏させるためには、俺の協力が必要だということか。それなら、なおさら彼女に関わってしまう機会が増えてしまうじゃないか。せっかく彼女にもう現われるなと警告したのに、これじゃ俺にとってデメリットしかない。
やはり彼女を一刻も成仏させるには願いを聞くしかないのか。俺の脳内は爆発寸前だった。彼女の幽霊だという発言に、俺に協力しろとまでわがままを言っている。いっそのこと、ここは素直に協力して早めに成仏した方がいいのではないか。
彼女に協力してもしなくてもどちらにせよ彼女と関わることには変わりない。だったら、この場合は早めに問題を解決すべきだと腹をくくった。ただ、このまま協力するのはなんだか味気ないとさらに刺激を求めている自分がいる。
「分かった。君に協力するよ。ただし条件がある」
「何?」
「決して俺に害のないような形でこれからは関わって欲しい。テスト前に現われるとか、誰かがそばにいるときに現われるとか、俺に迷惑がかからないようにしてくれ」
「分かったわ。それぐらいちゃんと守るわよ」
彼女はまた偉そうな態度をとった。誰のために協力してやろうと意を決しているのやら。後先のことを考えると頭が痛くなってきた。こめかみをぐりぐりと押し回し、溜め息をついた。ただ、夜風があまりにも心地よくて未だにこれは夢なんじゃないかという疑惑を掻き立てられる。白いカーテンの揺らめきもどこか幻想的だ。
「それじゃ契約は成立ってことでいい?」
「いいけど」
「じゃあこれからよろしくね」
彼女は半分夢見心地な俺を現実に戻すようにお互いの了承を確認し、一方的に別れの言葉を言った後、強風が吹きカーテンが一回大きく揺れて消えていった。やっぱり彼女は本当の幽霊なのか。
この一瞬の出来事を把握するキャパシティを越えたためか、それとも本当に幽霊にあったという恐怖が芽生えたためか、どちらかは分からないが気力がなくそのまま教室の床に大の字になった。
「何だったんだ今のは。意味分かんねえ」
誰にも聞こえないような疲れ切った声をこぼす。
そよ風に揺られる白いカーテンに誘われてやってきた、季節外れの桜の花びらが頬を撫でていく。その感覚は確かに夢ではなくリアルだった。
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