結婚して良かったことは、鎧を脱ぐことができたことだ。
これまで26年間、いろんな方向に気を遣って生きてきた。
どこかのコミュニティに属するたび、
顔色を伺い、誰かと誰かは相性が良くないから間に入って...と、
潤滑油となるよう振る舞う。
そんな中、ときたま現れる、組織の中で自由に生きる人に「そんな態度して大丈夫?!」と、ヒヤヒヤし、縮こまっていたものだ。
それは少人数になればなるほど、軽減される。気遣うのはその相手だけで良いから。
けれどやっぱり少なからず、嫌な気持ちにさせないよう、楽しい時間となるよう、努める。
それは共に過ごすのが、限られた時間だからできることでもある。
人と同居するなら、その人と24時間(厳密には仕事をしたり寝る時間があるのでちょっと違うが)一緒にいるのに、気を遣っていたら、限界がやってくる。
何かがうまくいったり、楽しみなことがあったり、機嫌が良い時なら気を遣えるかもしれないが、料理に失敗した時、大雨に振られずぶ濡れで帰ってきた時、なんせ虫のいどころが悪い時。
そんな時には自分の機嫌を持ち直すだけで精一杯だ。でも、これまでは他者を優先して自分が機嫌悪いです!っていうのを前面に出すことはできなかったのだ。ある意味良いことではあるけれど、その根底には感情のままに動いたら、嫌われると思っていた。自分に価値はないと思っていた。
のに。
結婚して、それができるようになった。
悪用は良くないが、離婚って大変らしい。
そりゃそうだ、結婚は嬉しいことだって言って顔合わせをし、家族を増やしていって段階を進めるけれど、離婚は家族になったものをなくす、もう解消しますってことだから。
どうしてもマイナスになるし。
けど生きてく上でしんどいなら離婚大賛成。
より良い生活、人生のために誰かと一緒に生活を人生を歩む、結婚をするんだから、それが実現できないのであれば、速攻やめるべき。
人間はひとりでいても幸せになれるのに、それでも誰かを求めるのであれば、それは幸せでないといけない。と私は思う。
で、お互い離婚は大変という前提で、結婚をしたのであれば、だいたいのことは織り込み済みだろう。コーラに豆腐を浮かべて飲むなど、突飛な趣味嗜好があったくらいじゃ、揺らがない関係だ。
それを得て、やっと私は本当の意味でありのままでいられるようになった。
結婚する前から自然体の自分でいたつもりだけれど、やっぱりどこか飾ってた気がする。
同じように相手も前からこうだったっけな?と思うことも多々ある。
まあそれはお互い様ということで。
これが本性だぞ〜と思いながら、
歩み寄ったりぶつかったりしながら、
穏やかな生活、豊かな生活を送っていけたらいいな。