よく言われる「投票の責任」って誰の何に対する責任なのだろうか
よく選挙の投票に関して言われることで「責任」という観点が使われることが多いと思います。この「責任」ってそういえば、誰の何に対する「責任」なのでしょうか?
まずひとつ目は、「自分に対する責任」だと思います。自分って思った以上に「国」とか「地方自治体」に守られてますよね。税金払ってるからとかってのはまあ確かにそうなんですが、職を失ってしまったときの保険とか、何かを始めたいときの補助金とか、お金に関してのサポートを受けて暮らしています。
そんな「自分」や自分の仲間が暮らす日本や地方自治体って、いま何に投資するべきで、将来どのような土地であるべきなのでしょうか? そのために今の資源配分って正しいのでしょうか? 自分で自分の将来の首を絞めないために、「いま」「自分で」自分の将来のことを考えなければいけないのです。
これに関しては、起業家の堀下恭平さんの投稿にも詳しく書いてあることかと思います。
ぼくは、あたなは、政治屋や利権団体のために投票に行くのではありません。
自分のために、行動する
ただ、それだけなのです。
自分のために、行動するということ。| wakomono.gogo
ふたつ目は「他人に対する責任」だと思います。”他人”と言っても様々です。他人感は薄いかもしれませんが父母や兄弟・姉妹だって、自分ではないので他人、近所の知り合いや昔からの親友だって他人です。
それだけじゃありません。意外と忘れがちなのは、「18歳未満の他人」のこと。投票権を持たない”彼・彼女ら”は、国のことなんて難しくて投票はできないと、年齢という基準によって投票権が剥奪されています。
そんな”彼・彼女ら”って、実は約2000万人(平成28年)居るんです。少子高齢化とは言われている社会ですが、これだけの声って届けられないんです。日本の将来を確実に担う我々の後輩は”主張できない”んです。
じゃあ誰が”彼・彼女ら”の代弁をするべきか。僕はそれこそが「若者」の役割でもあるんだと思います。一番立場的には近い私達「若者」が主張しないで誰が主張するのか。自分たち若者や後輩の未来の為に誰が意思決定するべきなのか。
我々若者には権利があり、未来に対する責任があると思います。――「自分は誰の代弁をして投票するのか」「なぜ自分は投票権を持っているのか」
一度ゆっくり考えてみてはいかがでしょうか?
そのきっかけを与えてくれるのも、「選挙」なのだと思います。
文責:宇野 凌介(学生)
【Wakamono Go! Go!とは】
茨城県知事選挙におけるさまざまな人々の思いを紡ぎ、若者の投票率を上げるための場。 僕らの生の声を、私たちの率直な思いを、ことばにしてみましょう。 「筑波大学すぐそばのコワーキングプレイス Tsukuba Place Lab」に集った人々から踏み出された一歩です。どなたでも記事を投稿することができます。あなたの次なる一歩、お待ちしております。※ 特定の政治家のみなどを挙げた宣伝活動はご遠慮頂いております。
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