Remembering William Hurt
アメリカの映画俳優ウィリアム・ハート氏が亡くなった。
彼の大ファンで、出演作をすべて見ていたわけではないが、このニュースを目にした時、作品内で見た彼の姿の数々が頭の中にぶわーっと蘇り、noteにやってきてしまった。
『アベンジャーズ』や『ブラック・ウィドウ』など最近の人気作にも出ていたようだが、個人的に思い出されるのは、彼が1985年のアカデミー主演男優賞を受賞した『蜘蛛女のキス』だ。
アルゼンチンの作家、マヌエル・プイグの小説を映画化した作品で、ウィリアム・ハートはゲイで女装家のモリーナ役を演じている。ストーリーを細かく説明することはしない、というかできない、憶えていないからだ。ただ、刑務所内のシーンが話のメインで、全体的にセピアというか茶色というか土色な雰囲気の映画だった記憶がある。
ウィリアム・ハートは190cm近くあり、たっぷりとした体格をしている。1980年代にそういう男性が女装すること自体衝撃だったし、なんでこの俳優がこの役を演じているのか、その頃まだ若かった私には理解できなかった。
ただ、男として生きていれば堂々と身体を大きくしたままで生きていけたはずの男が、あえて体を小さく折り曲げ、よよと泣く姿は胸をうつものがあった。ウィリアム・ハートが演じたモリーナはゲイであり未成年者へのわいせつをはたらいたという犯罪者でもあり、小さく小さく生きざるを得なかったから。彼がその太い腕で自分を守りながら、刑務所の隅っこで泣く姿を未だに目に浮かべることができる。
見返りのない愛のために生きるモリーナなのかそれとも役を演じるウィリアム・ハートなのか、隠しても隠し切れない繊細さが、いじらしさが、人間臭さがダダ洩れな感じがたまらなかった。
この作品で彼はその年のアカデミー主演男優賞を受賞した。世の中の多くの人の胸を打った演技であったことは間違いないのだが、これまでに山程見た映画の中で見たことさえも忘れてしまった作品もあるくらいなのに、『蜘蛛女のキス』でのウィリアム・ハートのこんな姿だけがなぜに思い出せるのか…。
マーベル系の作品でウィリアム・ハートを知った人にとってはまったく違う印象だとは思うが、これが私の中のウィリアム・ハートだ。
ニューヨーク・タイムズの訃報記事では彼のことをこう呼んでいる”Oscar-Winning Leading Man of the 1980s”ー”オスカー俳優であり、1980年代を代表する主演男優”。そう、正にこれ。ぱっと見からは想像できないような繊細さを静かにでも人間くさく演じられる何とも言えない味わいのある俳優さんだった。
ご冥福を祈りつつ、思い出をありがとうございました、と言いたい。