第33回歌壇賞応募作30首詠「頸すぢの刃」
第33回歌壇賞応募作30首詠
「頸すぢの刃」
梶間和歌
すゞしやとまだくらき夜をながむればしろく花浮く橘はあり
まそかゞみきと引く紅の赤を見つこれよりあかき血に濡れてゐる
三分でくづるゝ髪を十五分かけ巻き上ぐる我れはをんなだ
長々しエスカレーターにうたゝねすまだ混むまへの永田町駅
キャスターもキャメルもひとつ綯ひまぜの喫煙所なり潮騒をきく
ラチェットレンチを手に身ぞをどる抱ふればポールは頸にひんやりとして
この身にも働いてゐる重力に脚を投げ出す天板のうへ
体重の半ば以上を右脛にあづけ左手を伸べ伸べてゆく
止まりける手にかへりみる地上には橘混じる潮風のあと
さらばされ夢にはしるきその花のおぼゆる海を厭ふ気はない
サチさんの決してまろくならぬ腹を見で締め上ぐるテンションロック
どんな素人が締めてもハマるのだビームのロックはポールの溝に
長ビームすこし傾け固定しつ背丈と腕の尺の比率に
制約より解き放たれてひと日終へし我れを受け止め染まるナプキン
覚めやすき夏の枕に橘よ来ぬや夜風をほのさわがせて
朝なさな見えぬ紅さし髪を巻き忘れむとする子宮、女性器
下腹はもう痛まない四日目の月曜朝の永田町駅
海の辺に馴るゝからだを抱き止むる有楽町線八号車両
今月もつゝがなくそは赤ゝりきさはれ屈んで腰袋佩く
十三時アップの指示に余裕ねと微笑む三十五の誕生日
十五分かけた外巻きふりみだしひたぶるに組む二七〇〇ミリメートルの壁
誰れひとり急かしはしない地組みゆけば「オクタノルム」は「壁」に変はる、かならず
間配られたる果てしなさそのまゝにたゞ目のまへの部材を愛す
目のまへのけふ明日を組みあといくつあるのか ナメたロックをはづす
折りかへす角にひたひの汗を拭ふ産めない人も産まない我れも
頸すぢに刃を思ふ地組みして産めない人になりつゝぞゆく
世のなかのふつう、男のなかに生きるをんなとしての 全き基礎壁
忘られずとやは言ふべき身づからの意志であなたは橘の花
風わたるはずもないのにすゞしくて天板跨ぎ目を閉ぢてみる
あとかたもなき外巻きを掻き上げつ産めない人ゝして生きよ我れ
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