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第63回短歌研究新人賞応募作30首詠 「君を産まない」

第63回短歌研究新人賞応募作30首詠
「君を産まない」

梶間和歌

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下腹に鈍痛、さはれ息吐(は)けばけふよりくるしスキニーの腰

紅引きつ月に四日はをんなゝり脚立の上(へ)にも地組(ぢぐ)みのときも

血を流すわづらはしさに毛先のみリバースに巻くていねいに巻く

パシフィコもビッグ、メッセも波ちかしその香を強みあくがるゝなり

晴れた日も雨でも暗い冥(くら)く見ゆ搬入口(こう)のおくの海原

靴ひもを結ひなほしつゝメンツから割り出してゆくけふの立ち位置

買ひ替へたラチェットレンチ(ラチェ)のグリップ馴染まずてチーフ(アタマ)がをんなでもうまくやる

もう決して子を宿さないサチさんの腹を見つめることはしないで

くちびるを噛まぬやうにと朝引きし紅あとかたもなき女子トイレ

サチさんのそれと異なる意味を持つこれはあなたのくれた痛みか

「GO」を待つあひだ五尺脚立(ゴシャク)に倚りかゝりラチェを先端(ビット)で回す夕暮れ

偽薬飲む日もラチェットをたづさへて脚立にをどる身の軽らかさ

ほんたうは立つべからざる天板(てんばん)を踏みて男と対等になる

右あなうら、左のふくらはぎをもて体を支ふなにをさゝふる

右手(めて)伸べてロックをはづすたびに思ふビットのナメを卵(らん)の寿命を

制約のなかの自由だ三十一文字(みそひともじ)ヽステム部材をんなのからだ

吐きゝつた月経血を流し終へ息をゝさめて佩(は)く腰袋

巻き上げたストレッチフィルム(ラップ)を破(やぶ)るつゝがなく終へたるけふの祝福として

子が熱を出して早退するやうなをんなのゐない職場を愛す

まづ産まぬつもりのあたしまづ産めぬサチさんを抱(だ)くあなた 潮騒

あの人の下腹もまだ痛むのかビッグサイトの波は荒れない

我れのより先に消ゆべき痛みなりでもとこしへにをんなゝるべし

かならずと心惹かるゝ夜(よる)の海の聞こえぬ波をきくかへりみち

あたしより若くきれいな子にあらばそよ玉ゆらの橘の花

安全靴(アングツ)も脚立も我れの脚ぢやない子宮はあれどをんなではない

六角レンチ(ロッカク)もラチェも使はでけふなにをした、産みたいと思ふ我れなら

さりや我が子宮は海に置いてきたきつとくらげの子を抱(だ)いてゐる

その子らは母をしらなみよるの底ふかくらがりに寝(ぬ)らむしづけさ

寄せかへる波にとられて足はなほ脚立を踏み締めむとしてゐる

ぺつたんこの腹に触れたりくらげの子来む世も我れは君を産まない

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