歌集『母となる』 第一章「松の緑」~『生殖の海』2024年版~
歌集『母となる』 第一章「松の緑」
Apuweiser-richeのかゝるクローゼットにカーゴパンツをつかむ朝あけ
弁当に着替へも詰めつ紅引きつビッグサイトにいざ向かふべし
ローソンの脇の柱に身をあづけいつものメンツと交はす「おはやう」
戯れてけふも寄り来る植竹は黙ればジャニーズ系好青年
彼女などをらぬ沼野ゝ待受の「かのぢよ」の倚れる壁ぞまばゆき
「わかんないもんスよ、見た目くまモンでも」と言ふ田越はたゞのイケメン
腰袋カチッと締むるこの音にをんなはガテン系女子となる
髪を結ひヘルメットに顔を隠すかぎり自由ではあるこのからだより
二四〇〇ミリメートルのポールの二、三本ぐらゐ担ぐよこゝに生きてゆくため
腕、又肩に支ふる重みよし任されひとり下端組むとき
なにかこのオクタノルムを組める我がゝらだのあつさ風よ吹きこせ
※展示会施工に仮設ブースを組むシステム部材の一種にて、木工ブースにかはり広く用ゐらる
基礎工事が好き特別装飾に又血ぞ燃ゆるオクタノルムを組めるかぎりは
地にをればなべてなるめる男らに心ときめかす七尺脚立の上の
されど我が恋ふるこゝろは男より雄々しきひとにうちなびきつゝ
腰袋はづして髪もほどくときONE OF THEMと戻るさびしさ
おほかたは鞄に収まらぬメットきれいに入りぬよき日なりけり
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松の戸に夜露も霜ゝ置き紛ふ冴えざえ更けてゆく冬のそら
音もなくさ庭に雪は降り積みて雲を割りてぞ月出でにける
ラチェットレンチを齧れば深き血の味のうらさびてゆくしろき月影
アキちやん、とつぶやきラチェを繰れば繰る昔をいまになすよしも哉
背丈よりうんと高さある脚立肩に我れを率てゆくこゑ遥かなり
マルボロに嗄れたるこゑに馴るゝ夢を見けむ久しく目を開けながら
ふだんよりできる気がするアキちやんのラチェにオクタを組みバラすとき
「撤去はもうだいぢやうぶだな」バラしはね波おと高き有明の海
男より雄々しきひとの背すがたに白波騒ぐ風のまにまに
間配りもバラしの順も盗みけりアキちやんの背を追ふ日々のすゑ
※施工図面に従ひ必要となる部材を並べゆく作業
「あたしもさう、クライアントに教はつた。うちの奴らは余裕ないから」
目を細めコンベックス睨む横がほを後目に見つゝ跨ぐ天板
五尺脚立こそなほよろしけれ腕を伸べ重心ずらしパラビーム受く
社員より教はらざりしパラ上げも見やう見真似に身につけはして
※ブース正面又側面の補強たるパラペットを上ぐる作業にて、一定の長さを超ゆれば二名にておこなふ
未来てふ概念はないたゞ好きで脚立駆け上がり生けるをんなに
腰袋込みの身幅をつい忘れ残材のあひを縫ひつゝぞ行く
始発までつれづれなればマルボロをくはへて駅にたむろせる影
灰皿を囲むまとゐのまばゆさにすこし離れて君を見つめる
夜を分けて煙はのぼるぶかぶかのマフラーに笑み咲きこぼれつゝ
しのゝめの空白妙に匂ふときゝのふを知らぬ我れそこにゐて
恋やせるいさやさやさやうちなびく黒髪を分けとほりゆく風
あさ緑野べの雪げに風ふれてめぐみ初めたる若草のこゑ
堰きかぬる山のしたみづおとを立てゝこぼれむとする春は来にけり
海の辺の松の緑の久しくは覚めで経にける夢のあとさき
マルボロのかすむいくへにほのぼのと春日のどけき風の夕暮れ
脚立たてゝのぼればそこに見えやするありし日の影ありし日の君
マルボロに嗄れたるこゑに呼ばれぬと覚むればさりや夢は夢なり
図面の読み方とバラしと恋は君に憂さうれしさも君につらなる
きのふよりこゝろはちかしとこしへに身こそ隔ゝれラチェットを繰る
ながむれば行くすゑ知らぬ夕暮れに煙はのぼるマルボロのいろ
夕暮れにうつろふ雲のひかりより煙は消えて玉の緒となる
ヘルメット鞄に込めて影を追へば早く来いよといまも言ふ君
梶間和歌歌集『母となる』 ~『生殖の海』2024年版~
序章 にほふマルボロ
第一章 松の緑
第二章 まよふうたゝね
第三章 レモンのマドレーヌ
第四章 明けぬ夜の闇
第五章 海の辺の女
第六章 及ばぬ高きすがた
第七章 露のあけぼの
第八章 草枕
第九章 母となる
第十章 水鳥のつばさ
終章 夢の浮橋
2024年版にはあとがきを用意しておりません。
2020年版のあとがきを無料公開しておりますので、そちらをご覧ください。
過去の『生殖の海』
2020年版『生殖の海』
2021年版『生殖の海』
2022年版『生殖の海』
2023年版『生殖の海』
紙媒体の『生殖の海』2020年版
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梶間和歌がつつがなく和歌創作、勉強、発信を続けるため、余裕のあります方にお気持ちを分けていただけますと、
私はもちろん喜びますし、それは日本や世界の未来のためにも喜ばしいことであろうと確信しております。
「この無茶苦茶な生き方を見ていると勇気がもらえる」
「こういうまっすぐな人が健康に安全に生きられる未来って希望がある」
なんて思ってくださいます方で、余裕のあります方に、ぜひともご支援をお願いしたく存じます。
noteでのサポート、その他様々な形で読者の皆様にご支援いただき、こんにちの梶間和歌があります。ありがとうございます。
特にこのたび令和5年の隠岐後鳥羽院大賞和歌部門で古事記編纂一三〇〇年記念大賞を受賞し、表彰式を含む大会のツアーに申し込み、ツアー代金(9万円弱)は生活費と別に工面することになりました。
ツアーには無事参りましたが、その後の生活もございます。お気持ちとお財布事情の許します方に、ぜひともご支援を頂けましたら幸いです。
ツアーの様子はこちらのマガジンで連載して参ります。どうぞお楽しみに。
今後とも、それぞれの領分において世界を美しくしてゆく営みを、楽しんで参りましょう。
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