歌集『生殖の海』 全作品閲覧ページ
及ばぬ高き姿を願ひて
いまから約800年前、藤原定家とその同時代の新古今歌人たちが追い求め、歌の形に顕現させようとした、“及ばぬ高きすがた”。
プラトンの述べた“美のイデア”に等しいそれを、新古今の精神を、平成令和の世に生きてなお追い、願いたい。
その一心で歌の道、新古今の精神を歩んできた私は2019年、ほぼ同い年の歌友の死をきっかけに歌集を編むことを決意。
“及ばぬ高きすがた”の、梶間和歌2020年時点での体現を、歌集『生殖の海』にまとめました。
その後2021年、オンライン講座「歌塾」にて、それなりの人数の方を相手に和歌の読み方、詠み方を教える立場になりまして。
「万能感に支配された、視野の狭い幼稚園児のような事をしてはいけない」
「フリの大きな歌はうるさい。余計な疑問詞を入れるな。詠嘆表現はよく考えて使え」
「あなたの個性になど誰も興味は持たない。自我を削ぎ落とせ」
このように口酸っぱく述べてきた私が、ではその新古今の精神を実作においてどのように体現してきたのか。
まだ歌集をお持ちでない受講生さんにも
「なるほど、こういうふうにすればよかったのか」
「あの理論を実践するとこうなるのか」
と納得いただける歌例を見せる必要性を感じ、歌集『生殖の海』の無料公開に踏み切りました。
『生殖の海』をお持ちでない方、これらを見て、ご自身の詠歌に存分に活かしてください。
あくまで梶間和歌2020年時点での体現なので、その後も“及ばぬ高きすがた”を追究してきた現在の私の目につたなく見える歌もあります。
が、少なくとも、あなたのお役に立つ事がゼロであるということはないでしょう。
表面的な表現方法のバリエーションをたくさん知ることに、まず意味があります。
より本質的には、“800年前の新古今の精神を現代において体現すること”の試行錯誤の一端も、あなたの参考になるでしょう。
すでに『生殖の海』をお持ちの方、だいじょうぶ。「私はお金を払ったのに」という気持ちになることはまずありません。
noteというプラットフォームの仕様上、横書きで文字の大小もいじれないこれらの無料公開記事があなたのお手元の歌集より読みやすい、ということはあり得ない。
どうぞあなたのお手元の歌集を第一に愛でながら、歌を検索する場合などの必要に応じてnote記事もお楽しみくださいね。
出版社をとおさない私家版とはいえ出版、公開済みの歌ばかりです。引用などはご自由にどうぞ。
ご感想もお寄せいただけましたらなお喜びます。
毎年夏に募集される、(出版社をとおした)第一歌集を出していない歌人を対象とした300首詠のため、2021年7月現在も『生殖の海』の改稿を続けています。
こちらに公開した2020年版『生殖の海』から完全に削除した歌もあれば、面影をほとんど残さない形で推敲したものも少なくありません。
タイトルを変更した章も、構成を大幅に変えた章も。
可能であればこちらも出版に漕ぎ着けたいので、受賞、出版できるよう応援くださいね。
なお、紙の歌集『生殖の海』は現在手元に50冊ほど残っております。
100冊手売りするつもりで発注して、2021年7月現在半分まで達成しました。
もし紙媒体でも手元に置きたいと思ってくださいましたら、このページの下部より該当ページに飛んでお申し込みくださいね。
紙の歌集をお求めの方には、サイン代わりに、その方に宛てた和歌をお詠みしてお書きしております。そちらもお楽しみください。
それでは、決して読みやすい形ではありませんが、歌集『生殖の海』無料閲覧版をこちらからお楽しみくださいませ。
梶間和歌歌集『生殖の海』無料閲覧ページ
序章 にほふマルボロ
第一章 のぼる煙
第二章 母として行く道
第三章 しづかなる海
第四章 明けぬ夜の闇
第五章 目を開けて
第六章 及ばぬ高きすがた
第七章 いのちひとつぶん
第八章 水底の死
第九章 母となること
第十章 我が暴れ川
終章 ひかりを添へて
紙の歌集を買う
PS.
梶間和歌ってどんな人?
和歌仕事に集中するため、ご寄付を募っております。
ご無理のない範囲で応援いただけましたら幸いです。