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雑感:ちぐはぐでは盛り込めるわけない

 どうも!おはようございますからこんばんわ!まで。

 1月8日配信の毎日新聞の記事で驚きのを見つけました。タイトルは「沖縄で「認証を外したい」 時短協力金に違い、飲食店から声」です。今回はこの記事を切り口にして書いてみたいと思います。

1.感じるちぐはぐ

 記事によると、営業時間の短縮要請に応じた飲食店に県が支払う協力金の額が、認証店よりも非認証店の方が多いためだ。という事です。

 また記事によると協力金支給に必要な県の予算には国の交付金が充てられ支給額は国が決めているとの事で、時短要請に応じた店舗への支給額は、売上高に応じて1日当たり、認証店が2万5000~7万5000円、非認証店は3万~10万円。支給額に差がある理由を、国は「非認証店は午後8時までの営業だが、認証店は午後9時まで営業でき、売り上げに差がある」とする。とのことです。しかし感染症対策で自主的に休業したりバーをはじめとした深夜帯のため営業を断念する飲食店でも同じ仕組みだから不公平だ!という声が挙がっていると記事では伝えています。

 こうしてみると、なんだか国のトップダウン型な政策とはいえちぐはぐな感じですよね。今起きている第6波のように、どかっと感染者数が増えたら認証店だろうが非認証店だろうが客足が遠のくのは目に見えているはずなのにそこを考慮に入れて制度変更をしなかったのだろうか?という疑問があります。

2.ちぐはぐなままで緊急事態宣言なんて盛り込めるか?

 新型コロナウイルスをめぐる政策にちぐはぐな部分があるのは今に始まった事ではありません。そして、新型コロナウイルスをめぐる政策を打ち出していく過程で一時期話題に挙がったのが緊急事態宣言です。

 憲法改正の議論で実際に自民党が平成24年に示した憲法改正草案で出てきたワードの1つが緊急時事態宣言です。実際自民党が平成24年に示した憲法改正草案には次のように緊急事態宣言が示されています。

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 この緊急事態に、今回の新型コロナウイルスのような感染症の蔓延による社会の混乱が緊急事態に入るのでは?という議論・問題提起が一時期ありました(下記動画)。

3.緊急事態宣言の必要性を正当化していくためのちぐはぐさと利用した同調圧力?

 これは私の穿った見方であるという前提を据えた上で言いますが、緊急事態宣言を憲法に盛り込む必要性を示すためのちぐはぐさとそれを空気から醸成するために同調圧力を用いたのでは?という疑問です。

 同志社大学教授の太田肇氏は、著書で共同体の内と外で温度差が生じる理由として建前と本音のダブルスタンダード、外面と内面の使い分けを指摘しています。(参照:『同調圧力の正体』pp96)政府としては、感染症対策のために人の往来のきっかけとなりえる飲食店に営業の自粛をお願いして応じてくれたら補償金を渡すよ~という論理立てになっています。これは営業の自由も財産権の範疇と捉えて、憲法29条3項に規定されている損失補償対策の側面もあると思います。しかし冒頭で紹介しました不公平感を盾に、緊急事態宣言の必要をPRするための道具にしているのではないか?というのが私の考え方です。

4.現場の声を吸い取れないで緊急事態と言われても...

 2.で紹介しました緊急事態宣言は、文字通り緊急事態をきっかけとして権力を政治に集中させようぜ!というのが狙いです。しかし現場との政治の思惑にズレが生じている中で、仮に日本国憲法に緊急事態宣言の条項を盛り込んだとしても自分達が見ている視点が正しいんだ!と決め込んでしまえば、仮に間違っていた時に方向修正ができない事態を迎える可能性があります。知事経験者の片山善博氏も著書で現場への無関心と他の選択肢を提示した官僚がつまみ出される事態を懸念されていました。(参照:『知事の真贋』pp152~154)

 新型コロナウイルスは今回述べてみた緊急事態宣言や以前書いた自衛隊便利屋議論のように、憲法と非常事態に対して問いを投げかけたことは間違いありません。しかし現行憲法でもちぐはぐな状況で憲法に緊急事態宣言を盛り込んだとしても、後戻りする勇気を持てなければ敗戦を迎えた第2次世界大戦と変わらない未来が日本の非常事態にはやってくる可能性があると私は考えています。だからこそ、こんなちぐはぐなことをしている内は緊急事態宣言の条項を憲法に盛り込めるわけないやんと私は思います。

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